第六百三十八夜『どこまでも届く光の塔-fu shui nan shou-』

2024/04/24「光」「地平線」「バカな魔法」ジャンルは「指定なし」


 昔々の大昔、あるところに巨大な野望を持った建築家が居た。

 建築家の夢はただ一つ、世界中のどこに居ても光が届く巨大で素晴らしい灯台を造る事。しかし、この夢が中々うまく行かない。

 巨大な巨大な、それこそ天に届きそうな塔を建てれば世界中のどこでも塔が見えるだろうと思ったのだが、これがどうにもうまくいかない。

 しかし彼の建てる灯台は、世界中は愚か海の向こうの陸地にすら届かない。これでは全くお話にならない。

「ふうむ、どうにかして灯台の光が世界中に届かないだろうか? 何か良いアイディアは……」

 彼が青写真にアレやコレやを描いている最中の事だった。

「ございますよ」

 不意に後ろから声がしたかと思うと、そこには全身黒の衣服を着た商人風の男が居た。

「今、ございますよと言いましたか? 何か案があるなら、聞かせてくれませんか?」

 全く物怖じせずに商人風の男に言う建築家、そして商人風の男はにこやかな顔で話を続けた。

「ええ、勿論! わたくしマァク商会に所属している土建屋なのですが、あなたが相応の対価を支払って下されば、あなたが望む灯台を造る手助けをしましょう」

 商人風の男の言葉を聞き、建築家はひざを打った。

「それはいい! 世界中に光が届く灯台は私の夢、そしてそんな素晴らしい灯台が建てられたら最高の栄誉! 私には次から次へと事業と富と名声が届くだろうし、相応の対価とやらも法外でなければ支払ってやろうじゃないか」

 そう語る建築家に対し、商人風の男も目を輝かせる。

「ご安心を、我々マァク商会のモットーは『お客様に無理をさせない事』即ち、人間一人の身で必ず払いきれる商談しか持ち掛けません」

「なるほど、それでは私に法外な支払いを要求したり、連帯保証人を地獄に突き落としたりする事はしない。そういう事だな?」

「ええ、その通りです」

 建築家は控えめに言って、有頂天だった。

 何せ生涯を賭けても良い夢が叶いそうなのだ、これで浮かれずに何に浮かれるというのだろうか?

「それでは、あなたのお手伝いを明日から行ないます。前金手付金の類は結構、具体的な商談は明日わたくしのプランを話した後で」


  * * *


 建築家は気が付くと、ベッドの中に居た。

 どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「しかし妙な夢を見ていた気がする……」

「夢ではありませんよ」

 建築家が声のした方を見ると、商人風の男がパンと卵と牛乳からなる朝食を食べていた。

「あなたは昨日の……」

「そんな事より、あなたの夢ですが、はしておきましたよ」

 商人風の男がそう言って窓の外を指でさす。

 建築家が外を見てみると、なんと海から水が一滴も無くなっていた。

「え? あ? う、海が……これはあんたの仕業か? 海をどこへやったんだ?」

「ええ、あなたの夢を叶えるため、ちょっとこの星を平らにしました」

 商人風の男はさも当然の様に言った。

「星を平らに……?」

「ええ、ちょっと考えれば分かるでしょう? 星は球体なのだから、海の向こう岸へは光や視線が届かない。あなた様の『星のどこからでも見える灯台を造る』という夢を叶えるためには、星を平らにしないといけないといけません故」

 商人風の男の言葉を聞き、建築家はようやく事態を理解した。この男がどうやったか知らないが、まるで星が盆の様に平らになったから海が星の縁から落ちてなくなってしまったのだ。

「え、俺は……そもそも灯台は、船や人に明かりを……海が無くなったら……」

「お気に召しませんでしたか? 私共わたくしどもとしては、あなたの様な傲慢ごうまんな魂を持った人間の夢を叶えるお手伝いを……」

「ふざけるな!」

 建築家は商人風の男に対して怒鳴った。

「こんなの詐欺だ! 俺の夢が星のどこからでも見える灯台だと知っていて、訳の分からない事言って海を消しやがって! こんな商談はご破算だ!」


  * * *


 建築家は気が付くと、ベッドの中に居た。

 どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「酷い夢を見たな……」

 建築家は窓から外を見てみたが、無論海が消えていたなんて事は無かった。

 建築家は朝食を摂り、自分の夢を叶えるべく青写真に向おうと思ったが、彼の心は鉛の様になってしまっていた。

 建築家の頭をよぎるのは、海が無くなってしまった世界と、商人風の男の言葉。

「星を平らしないといけない、か……」

 星が球体であるのだから、彼の夢は叶わない。そして、彼の夢を叶えるためには星を平らにする必要がある。

 これまで建築家は夢に向かってに生きてきたが、それは叶わない物だとあの様な形で突きつけられてしまった。

 建築家は青写真に何かを書き込むでもなく、頭を抱えて微動びどうだにしなくなった。

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