第六百三十七夜『バター陰謀論-kezheng meng yu hu ye-』

2024/04/23「悪魔」「ことわざ」「燃える世界」ジャンルは「大衆小説」


 表が騒がしく感じ、何事かと思って様子を見たら、フリップボードやプラカードを手に持った人々が何やら抗議運動をしていた。

 連中は何やら、うちのバター工場に抗議活動をしているしているらしい。

 初めは動物愛護運動活動家を名乗る集団か何かが因縁をつけて来たのかと思ってギョッとしたが、連中の主張を見ると事実無根の物ばかりで、恐怖を覚えるより先に呆れるばかりだった。


『バターはプラスチックだ! 企業は我々にプラスチックを食わせている!』

 アホか。プラスチックというのは可塑性かそせいという意味で、形が変わるという意味だ。

 そんなにプラスチックでない物が食べたいなら、その辺の石でも食っていろ。

 何せ、石はプラスチックじゃないし、胃液で変性もしないのだから。


『バターは体に大変悪い!』

 バカタレ。そんなに体に悪い食品を摂取していても、人間は老人になってから死んでいるのは何故だ? 

 野生動物が自然界で、老衰で亡くなる事は滅多に無いのは何故だ? 

 バターが抗議運動をする程に身体に悪いのであれば、バターを摂取した人間は皆、野生動物が早死にする以上に早くあの世に行かねば矛盾が生じるだろう。

 バターがそんなに体に悪いというなら、文明社会をはなれてバターを使った食品の一切を口にしなければよかろう。


『バターを食べた人間は必ず死ぬ!』

 うん、私もそう思う。


『バター工場は牛に対する人権侵害だ!』

 なるほど、これは痛いところを突かれた。

 次の選挙シーズンでは参政権を持った牛が政治家に立候補し、牛の有権者が投票権を行使し、牛の国民が税金を納めたり、牛の債権者カスが人間の債務者から取り立てたり、逆に無敵のに殺されたりするのだろう、多分。

 まあもっとも、牛が政治家になったとしても、うちの工場とは直接の関係が無いからどうでもいい。


 そんな抗議運動に呆れ果てながら、私は運動家達が武器を携行していない事、警備員が暴行を受けていない事を確認し、何も見なかった事にした。

 もしその様な事があれば、こちらにも相応の手段に出なければなるまいが、的外れの低能……じゃなかった、脳足りんの抗議など相手にしている時間も無い。

「もしあいつらが器物損壊の罪でもはたらいてくれたらなら、不幸な事故を装って奴らを血祭にした上で損害賠償をふっかける事も出来ただろうに、残念だ……」


 私はバター工場の視察に来ていた。

 視察と言っても、労働者が怠けているか目を光らせに来た訳ではない。

 何せ工場でのバターの大量生産とは、ともすれば危険で腕の一本や二本を失いかねない危険な業務なのだ。

 バターの製造なんて、マニュアルが明確化された物が危険だろうか? そんな甘い考えを抱いている奴こそ、餌食になって腕を失う。

「ラインは問題無く稼働しているし、ふざけて妙な操作をしている労働者も無し、と……」

 製造ラインでは、腹部をベルトでガッチリと固定されたトラが次々と遠心分離機に放り込まれていた。

 ベルトで腹部を拘束されたトラは身動きできずにベルトで運ばれているし、勿論そんな危険な作業は分厚い強化ガラス越しにロボットアームを操作して行われる。

 もし万が一、パニック映画の様にトラを解放しようとする愚か者が居たら、この工場に勤務している人間は皆、トラに殺されてしまうだろう。

 分厚い強化ガラスの向こう側で、遠心分離機にかけられたトラは次第に液状化していき、遠心分離機が止まると同じ体積のバターがあった。

 こうして出来立てのバターを更なる工場ラインで一パッケージに納め、うちのバターは市場へと出荷されるのだ。

「まあ、うちの工場に限って万が一にも事故は無いだろうが、それでも事故というのは油断をした時に起こるからこそ事故だからな」

 私は生産ラインの隅から隅まで、どこにも問題が無い事を確認して、視察を終えた。


 しかし、時々思うのだ。

 うちの工場を嗅ぎつけた自称動物愛護団体がトラを解放するために襲撃しゅうげきし、トラを放って自らトラの餌になりながらもうちの工場の従業員が皆殺しになる……そんな光景を想像してしまう。

 まあもっとも、そんな事も万に一つにも無いだろう。

 何せトラを高速で回転させたらバターになるなんて誰でも知っている事だし、大抵の人はバターを口にする事に忌避感は無い。

 そんな周知の事実を今さら間違っていると声高に批判する人は居ないだろうし、そんな事の為に虎口に手を突っ込む人なんてのもどこにも居ない。

 ひょっとしたら明日、うちの工場に対して『この工場ではトラを遠心分離器にかけてバターを製造している。これは立派な動物虐待だ!』と批判をする人が来るかもしれない。

 しかし仮にそんな連中が抗議運動をしようとも、周囲の人はマジメには取り合わないに違いない。

 何せ、うちの工場の秘密は皆が知ってる公然の秘密なのだから。

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