第六百三十六夜『ただの石に非ず-Sopa de pedra-』

2024/04/22「森」「カブトムシ」「人工の魔法」ジャンルは「ホラー」


 昔々あるところに旅人が居ました。

 旅人は詐欺師で、行く先々で奇跡の様な詐話を持ち掛けては食事にありついていました。

 ある時詐欺師は道端の石を拾い、訪問先の家でこう言いました。

「自分は、煮ればそれは素晴らしいスープに変る魔法の石を持っている。鍋と水だけ貸していただければ、それで結構です」

 興味をもった家主が鍋と水とを与えると、詐欺師は少々残念そうな顔をしました。

「この石は重なった年月で少々魔法がかすれてしまい、少しだけ味が足りない。塩さえ、塩だけあれば美味しいスープになるのだが……」

 それならばと、家主は詐欺師に塩を与えました。

 しかし、詐欺師の要求はそれでは終わりませんでした。

「肉さえあれば……」

「小麦粉さえあれば……」

「野菜さえあれば……」

 このようにして詐欺師は家主から提供してもらった具材全てを使い、美味しいスープを作りました。

 気が付いてみれば、様々な具材を提供してしまっていた家主ですが、詐欺師の詐話が巧みだった事、そして何より詐欺師の作ったスープが美味しい事に感心してしまい、これを咎める事は出来ませんでした。

(なるほど、これは一本取られてしまったな)

 家主は詐欺師の行ないにただただ感心し、詐欺師は記念にとを家主に渡して次の飯と宿を求めて去っていきましたさ。


  * * *


「それで、その話がどうかしたんですか?」

 壁面へきめんつるが這った、どことなく幻想的な雰囲気の、古風な映画かアニメで見る様なおまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店内には、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿ですみを垂らした様な黒髪が印象的な店主と、どことなく刃物の様な印象を覚える、詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年とが居た。

 店主の女性は外国語で書かれた絵本を読んでおり、従業員の青年は客が居ない店内でなんとなくほうきを持ってそれとなく仕事をしているポーズをしながら彼女の話を聞いていた。

「それがね、うちに今置いてあるの、

「はあ、そうなんですか」

 店主の女性は、とっておきの秘密兵器を開示したかの様に言ったが、従業員の青年の反応は芳しくなかった。

「あら、釣れないわね」

「でもその話、要するになんでしょ?」

 従業員の青年の言葉に対し、店主の女性は我に妙案有りと言いたげな笑みを浮かべた。

「それはね、ちょっとだけちがうの。うちに置いてあるこの魔法の石だけど、本当に本物の魔法の石。だけど、今話したお話とは違う点があるの」

「ふむ、何が違うのですか?」

 従業員の青年は仕事をしているポーズを維持したまま、店主の女性の話に興味を示して食い付く態度を見せた。

 すると店主の女性は、上半分が透明の宝石箱の中に入った赤い石をカウンターに出した。

 宝石箱に入ってはいるものの、それは透明度が全く無く、まさしく赤い石と言った様相で、仮に宝石の類だとしても全く研磨されてない原石の様に見えた。

「これはね、水に漬けておくと、その水が水銀に変わる魔法の石」

「危険物じゃないですか!」

 宝石箱を見ていた従業員の青年だが、店主の女性がそう言った途端、おどろいて身を引いた。

「それだけじゃないわ。この石を水と一緒に冷やすと水は塩化ナトリウムに変わるし、水と一緒に煮込めば水は酸化硫黄……硫黄酸化物の気体になるの」

「おかしい! 最後以外全部おかしい! それ一体どんな触媒ですか? そもそもよく考えたら、水が水銀になったり塩化ナトリウムになるのも訳が分からないです!」

 従業員の青年は店主の女性の話の荒唐無稽こうとうむけいさと危険さに驚くやら慌てるやら、しかし彼女が全くの嘘を言っているとも思わず、彼女の言葉は何かしらのカラクリがあった上での本当の事だと信じた。

「そもそも、そんな危険物一体誰が欲しがるって言うんですか? そしてそんな危険な物、一体誰がどこで取って来たんですか?」

「この魔法の石はね、私は作った人の名前に因んでヴァンの石って名付けたのですけど、前にその人から貰ったの」

 店主の女性は遠い目をして、まるで昨日の夕飯の事でも思い出すかの様に当時の事を回顧する風に話した。

「そのヴァンって人も、詐欺師なんですか? 何だって、水を水銀や硫黄に変える石だなんて物をアイネさんに渡したのやら……」

 従業員の青年の脳裏では、そのヴァンという人物が秘密裏に殺したい相手の家に置くと良いとでも言って、代金代わりに赤い石を握らせる場面が浮かんでは消えた。

 必然、想像の中のヴァンと言う人物は酷く胡散臭い容姿になった。

「うーん……あの人は詐欺師とも呼ばれたけど、進んで誰かをだます事も、ホラを吹く事も全く無かったわ。きっと話す内容がすごい事ばかりだったから、詐欺師呼ばわりされたんでしょうね。人伝に聞いた話だと、人の少ない農村で、薬品か何かで鉄を金に変えて一宿一飯の恩として渡した事もあったらしいわ」

「鉄を金に? しかし、話す内容がすごいから詐欺師呼ばわりですか……」

 従業員の青年の中では、ヴァンという人物の評は逆になった。

 即ち、酷く胡散臭くて全く信じられないが、その実誠実で本当の事しか言わず、信じられない様な事しか言わない困った人物だ。

 今度は従業員の青年の頭の中のヴァンは、代金の代わりに取引相手に石を渡し、その結果、石の周囲では虫が死んで落ちている光景が見えた。

「それで、そのヴァンの石って何て言って貰ったんですか? 個人的に貰った大切な物なら、そうやって商品として扱いませんよね?」

 店主の女性は従業員の青年の質問に対して、そんな事はどうでもいいといった風な態度で返した。

「ええ、あの人から『何か欲深な人が手にしたら自滅しそうな興味深い代物があったら、お一つ売ってくれないかしら?』と尋ねたら、料金はいいからとその石を一つ貰ったの。だけど、それからずーーーっとその石を欲しがるお客さんが来ないかと待っているんだけど、未だに来ないの。酷い話だと思わない?」

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