第六百三十五夜『許されないマナー違反-spoon-』

2024/04/21「現世」「ファミコン」「伝説の遊び」ジャンルは「王道ファンタジー」


 私は、さる施設でマナー講師の様な事をしている。食事中のある種のマナー違反いはんを働く人を注意するのが、私の仕事となっている。

 私が食堂で待機たいきをしていると、餓鬼がきかガイコツの様に痩せ細った受刑者達がゾロゾロと集団で食堂に入って来た。

 この受刑者達がマナー違反をしたら、鞭を振るって戒めるのが私の務めだ。

 受刑者達は食卓に着き、箸やスプーンを使って食事をする決まりとなっている。これは、箸やスプーンを使わない文化圏の連中は、何があってもここには来ないとも言い換えられる。

 何故そんな当たり前の事を説明するかと言うと、ここの受刑者共は箸やスプーンを我々の想定通りに使えないから受刑者になっているからだ。


 こうしている間にも、受刑者共はを持て余して食事をとり落とす者、他者が食事をとり落とした事を口汚く責める者、一メートル弱の長さのスプーンを無視して手で食べようとする者……

 私は食事をとり落とした者の手をムチで打ち、他者が食事をとり落とした事を口汚く責める者の口を鞭で打ち、一メートル弱の長さのスプーンを無視して手で食べようとする者の指を鞭で打った。

 受刑者共は私に対して声高に不平を言い、私はその度受刑者共の頭をことごと鞭で打った。

「お前ら全員、不合格だ。食事の時間は終わり、

 私はそう言って、壁際かべぎわのスイッチを押す。

 すると受刑者達の居た食堂の床が抜け、受刑者達は地の底へと落ちていった。

「全く……地獄に落ちた受刑者達のマナー講師だなんて、これほど不毛で無駄でナンセンスな仕事もあるまいて」


 私はマナー講師の様な仕事をしていると言ったがそれは職務しょくむの内容であって、実際の職業は極卒だ。

 他者を許容出来ない、そして箸やスプーンを使う文化圏の人間、この二つの要件を満たした人間が落ちる地獄で戒めや更生を担う人材の一人が私という事になっている。

「しかし地獄の受刑者の担当か……」

 私はこの仕事を不毛だと感じてはいるものの、その一方で天職だとも考えていた。

 何せ天国の食堂に勤めているマナー講師も居るが、天国の連中と来たらつまらない事この上ないに決まっている。

 ここの地獄の連中は親が子にする様に食べ物を相手に食べさせる発想が無く、自分で貪ろうとし、そして結果として食べ物をこぼし、互いに食事を零した事を非難ひなんし合い、或いは箸やスプーンで食べるべき食事を手掴みで食べる。

 つまり、天国の連中は相手に「あーん」と食べさせ、相手がマナー違反をしたら非難せずに相手を気遣きづったりする……古典的なメロドラマ映画のワンシーンか何かの様な雰囲気に違いない。

「つまらない、そんなの絶対につまらない」

 私は生前、マナー違反をする人間に面と向かって非難や批評をする事は無かった。

 テキストの悪例として取り上げたり、そこは直した方が良いとそれとなく指摘する事こそあれど、

 こうして死んだ後に極卒にされてしまったものの、マナー違反を働く不埒者に鞭を振るったり食事を取りあげる事のなんと楽しい事か!

 こんな楽しい事があの世にあるのならば、現世でマナー違反を指摘するというマナー違反を我慢して生きてきた甲斐かいがあったというもの!

「もし仮に、私が裁きつかさになれたならば、公衆の面前でマナー違反を指摘する様なマナー違反者は全員地獄送り! マナー違反の地獄に落ちた連中を好きなだけ指摘して、飽きるまで百叩きにしてやるのに」


 辺獄の浅い場所で、生きている時はマナー講師だった人が鞭を振るっていた。

 元マナー講師本人は天国に行く事もなく、辺獄でゲーム感覚で罪人に鞭をいつまでも振るい続けていたが、なぜ自分がその様な立場に居るか、理由は知らないし特に興味も抱いていなかった。

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