第六百三十三夜『悪影響を与えるベストセラー-Terraforming-』

2024/04/18「闇」「裏取引」「最後の廃人」ジャンルは「指定なし」


「あーあ、悪影響あくえいきょうを与える本なんて消えればいいのに」

 そうポツンと言った人物が居た。

 別に世をうれいて言ったとか、熟考じゅっこうをして言ったとかではなく、ただ単に自分のワガママを通したい訳であって、深い意味は全く無い。


  * * *


 しかし、そんな声を耳ざとく聞いている人が居た。

 宇宙人だ。


「ふむ、現地人が『悪影響を与える本なんて消えればいいのに』と発言をしている様ですね」

「ああ、これは何とかしないとな」

 会話をしている二人の宇宙人は現場のリーダーと事務のリーダー、現在彼らは地球に来訪してからの業務の会議中かいぎちゅうといったところ。

「ではまず『悪影響を与える本』とやらの精査をしないといけませんね」

「そんな事は別にいいだろ、地球の連中が悪影響だと言ってる物が『悪影響を与える本』に決まっている!」

 現場リーダーの宇宙人は良く言えば迅速、悪く言えば短気だった。

 そんな現場リーダーの宇宙人を事務リーダーの宇宙人が制止して言う、何せこうして互いの長所を伸ばしたり短所を補うために現場と事務とで分かれているのだ。

「それはいけません。何事も客観と主観は異なりますからね、あくまで我々善意の介入者の観点から見ての定義をするべきです。その方が、あなた方の部隊にとっても益が有る筈です」

「そうか、それではおの意見を聞かせてくれ。一体どれが、その定義に該当する本だと言うんだ?」

 現場リーダーの宇宙人は事務リーダーの宇宙人の意見を聞き入れ、大人しく聞いた。

 彼等はなんだかんだで互いの能力を認めているし、そうでなければこうして他所よその星まで来る事も難しいだろう。

「こんな事もあろうかと、事前に資料を集めて訳しておきました。何せ、この本は様々なバージョンが古くからのベストセラーなので」

「何々……親の罪で子を罰してひ孫、玄孫やしゃごに至るまで……これは過激かげきだな、俺の民族もここまではしない」

「そうでしょう、そうでしょう。しかもこれ、地球におけるベストセラーかつロングセラー、あの星では多くの人が読んでいるそうです」

「それはぞっとしないな」

 事務リーダーの宇宙人の言葉に対し、現場リーダーの宇宙人は言葉とは裏腹に澄まし顔で笑みを浮かべていた。何を言っていて、何を求めているかを理解している顔だ。

「それだけではありません。あの星ではその本を宗教とし、その宗教の一派のをあちこちで祝っているそうですよ」

「教祖の誕生日を祝う……典型的な宗教だな。ところで一派という事は、別の宗派もあるという事だな?」

「ええ、勿論。更に源流となる人物ですが、その人も我が子を神に供物にしようと卑俗殺未遂をはたらきました」

「……なんでそんな本がベストセラーなんだ?」

 現場リーダーの宇宙人はさすがに困惑。対する事務リーダーの宇宙人は冷静だが、このやり取りを楽しむ様に口角が上がったままだ。

「さあ? 私には分かりかねます、何せこれは地球の文化ですからね」

 長い様で短い作戦会議を終え、二人の宇宙人は本命に乗り出した。

「とにかく、その本を読んだり祝ったりしている連中を殺して回ればいいんだな?」

「ええ、その本を読んだり祝ったりした事がある人、その宗教の派生や派生元を信じる人を皆殺しにしてください。そうすれば自然と『悪影響を与える本なんて消えればいいのに』という、その地球人の願望も成就するという物です」

 時は年末、クリスマスシーズンの出来事だった。


  * * *


 こうして現場リーダーの宇宙人は軍勢を伴って地球をおそった。

 何せ宇宙人というのは、特定の星と限定していないのだから、宇宙人が実在するならば必然地球人より大勢になり得る訳で、即ち宇宙人というのはマンパワーや労働力が地球人のそれを大きく超えており、軍勢ともなれば地球の人口より多かった。

「我々は平和解放軍だ!地球の親愛なる友の『悪影響を与える本なんて消えればいいのに』という願いを叶えに来た!」

 そう大音声だいおんじょうを挙げて、現場リーダーの宇宙人は軍勢を指揮し、少しでもその宗教に関わりがある地球人を殺して回った。

 即ち、クリスマスを祝う者、クリスマスソングを歌う者、クリスマスセールを利用する者、クリスマスを祝いこそしないが隣人りんじんと付き合う者、クリスマスを祝わずともその派生や派生元の教義を信仰している者、ついでにクリスマスソングの替え歌を歌う邪教徒も殺して回った。

 すると必然、地球から地球人は誰一人居なくなった。

 地球人が誰一人居なくなった地球を見て、現場リーダーの宇宙人と事務リーダーの宇宙人は満足気にしていた。

「よし、地球人は絶滅ぜつめつしたと言える程に減少したな。計画的侵略は成功だ、お前の手腕は毎回さすがだ」

 現場リーダーの宇宙人の言葉に対し、事務リーダーの宇宙人はいさめる態度たいどで訂正した。

「侵略ではありません! その様な言葉、口が裂けても言ってはなりませんよ。我々は当面の問題に困っている地球人の、ささやかな願望を叶えてあげた善意の介入者なのですから。ぬかり間違っても、土地欲しさに侵略を行なった地上げ屋等では絶対にないのですから……」

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