第六百三十夜『昔授かった死後の贈り物-Cristo Mountains-』

2024/04/15「空気」「地平線」「家の中の中学校」ジャンルは「時代小説」


 ある場所に酷く困った学生が居た。

 彼は女尊男卑じょそんだんぴ主義で、自分の事が嫌いだった。

 別段女尊男卑の男性だからと言って、着飾る工夫をしていた訳では無く、女尊男卑とのはただの言い訳だった。

 彼は歌を聞くのが好きだったが、歌を歌うのは嫌いだった。

 別段歌を歌うの歌うのが嫌いだった訳では無いが、彼は練習が何より嫌いで、歌が下手な事をごまかす言い訳だった。

 彼はマンガを読むのが好きだったが、絵を描くのは嫌いだった。

 別段マンガを描いてみたいと思った事が無い訳では無いが、彼は努力が何より嫌いで、絵が下手な事を隠す言い訳だった。

 彼は進みたい道は内心あったが、学校の勉強が嫌いだった。

 別段勉強が嫌いと言うのは何も間違いではなく、彼は勉強が何より嫌いで、カンニングをしようとしては露見ろけんするのが日常だった。

 それでいて彼は悲観的で、自分には生まれつき才能が無いからの一言で何もかもを諦めていた。

 何せ彼は工夫と練習と努力と勉強が何より嫌いなので、生まれつきかどうかはさておき、彼の諦観その物には誰もが内心同意をしていた。

「俺には才能が無いから、何をやってもダメなんだ」

 それが彼の口癖だった。


 そんな彼だが野望だけは有り、工夫や練習や努力や勉強を伴わない方法で何とか良い目を見ようと度々画策していた。

 その一例が、前述のカンニングだ。

 しかし素人がカンニングペーパーを作るとなると、これが難しい。

 何せ有効なカンニングペーパーを作るには、授業中に先制が何を言っていたか覚えていて理解する必要があり、何がテストに出るか理解していないと前提が成立しない。

 更には、教卓というのは生徒の姿がよく見える。

 下手なカンニングとは、一瞬で看破される物なのだ。


 そんな無駄な努力をするくらいならば、真っ当に勉強した方が良いのだが、彼にはそれは分からない。

 何せ彼の弁を引用するならば、彼には何の才能も無いのだからコミュニケーションの才能も無いのだ。


 彼は音楽やマンガが趣味であり、その実秘めた願望を持っていると上述したが、ある時これをやらかした。

 ある時マンガ雑誌を読んだ彼は怒りだし、これは自分が先に考えていたアイディアだ! と喚き始めた。

 無論、彼はマンガを描いた事も、公開した事も投稿した事も無い。

 それだけならば、自分の考えていたアイディアを先に越されただけ、よくある事であり、流行り廃りが絡めば日常茶飯事ですらある。

 しかし、彼は何を思ったか出版社に攻撃的な手紙を送った。

 曰く、自分のアイディアを盗んだ作者と出版社の罪は重い。某日に本社のビルを爆破してやるから楽しみに待っていろ! との事。

 盗人猛々しい事この上ない。言うまでも無く犯罪である、脅迫である、偽計業務妨害である、ついでにあちこちに言いふらしたので信用毀損しんようきそんにもなるかも分からん。

 結果、警察が出動する騒ぎになり、彼は警察に逮捕されそうになった。

 ところで、彼が住んでいるのはアパートの上の方の階なのだが、彼は生来の悲観的な価値観と世を呪う才能を発揮した。

 即ち、捕まるくらいならばと、アパートの高層から飛び降りた。

 彼は頭から地面に落ち、即死した。不幸中の幸いか、巻き込まれて死んだ人は居なかった。


  * * *


 彼がかつて通っていた学校では、ちょっとした騒ぎになっていた。

 何せ彼はマンガを読みながら怒り狂って怒鳴り散らし、これは自分のアイディアだと喧伝し、その後亡くなったのだから話題にならない筈が無い。

「あー、そんな奴も居たな」

 同じコミュニティに属していない学友なんて存在、この程度の認識である。


 ある学校に、雑誌を読みながら雑談をしている男子学生が二人居た。

「何というか、アイツは何時いつかやらかすと思っていたよ」

 そう言う男子学生に対し、もう一方の男子学生は抑える様に言う。

「いやいや、死んだ人の事を悪く言うのはちょっと……」

 しかし、彼に言及する方の男子学生は全く気にしない。

「ところでよ、死後の世界に神様からすごいズルチートを貰って転生したり、或いは自分を見下していた相手を倒して見下し返すって話あるじゃんかよ」

「ああ、ちょっと前に流行った、よくある創作だね」

 制止する方の男子学生に対し、話を振った方の男子学生はニヤリと笑みを浮かべた。

「あれな、俺が知ってる中だと明治時代からあるんよ。当時の新聞の連載小説が俺の知る中の最古なのよ」

「え? 嘘だろ?」

 話を振った方の男子学生は、予想通りに自分の話に釣れてくれた事に気分を良くした。

「本当も本当よ! ただその話だと、無実の罪で亡き者にされた主人公が、神の使いに富と地位と知識と教養を与えられ、パリに蘇って自分を陥れた悪漢共をハメ返すって話なんだよ」

「はー、昔からそういう話ってあるんだね」

 制止をしていた方の男子学生の反応なのだが、話を振った方の男子学生の表情は少々鈍い。思ったほどは、十全に進んでいないと言った顔か。

「それがなー、色々力を授けられたってさっき言ったんだけど、この主人公って神の使いから知識と教養を叩き込まれたって言うのが正しいんだよ。言わば死後修行をして、修行の成果でにっくき仇にざまぁ見ろ! って仕返ししに来た感じなんだよね」

「ふーん、死後の世界で修業するって発想、明治時代からあったのか」

「そういう事。まあもっとも、なら、死のうが転生しようが何もうまく行かないだろうし、そもそも神様とやらだって、そんな輩は助けたくないよね」

 話を振った方の男子学生は肉刺マメだらけの手で自分の顔をいじりつつ、面白おかしそうに笑って言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る