第六百二十九夜『頭の悪くなるペン-fool’s gold-』

2024/04/15「天使」「リンゴ」「穏やかな主人公」ジャンルは「スイーツ(笑)」


 壁面へきめんつるが這った、どことなく幻想的な雰囲気の、古風な映画かアニメで見る様なおまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店内には、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿で墨を垂らした様な黒髪が印象的な店主と、どことなく刃物の様な印象を覚える、詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年とが居た。

「アイネさん、あのペンって本当に売れるんですね……」

 従業員の青年はうれいを帯びた声色で、品物を購入した人物を憂う様な様子で言った。

「ええ、うちにある商品は全部ですもの。きっと誰かが欲しがって、誰かのところへ行くわ」

 店主の女性は、従業員の青年の心配そうな声などどこ吹く風、自信満々且つ満面の笑みで言った。

「だけど、本当に欲しくなりますかね? 頭が悪くなるペンだなんて商品名で……」


  * * *


「頭が悪くなるペン、ですか?」

「ええ、そのペンを使い続けていると必ずや頭が悪くなるわ。何せ、そのペンを使うと勘が冴え、過程は分からないけど何故だか答えだけは分かる様になるの。そのペンを使い続けると、考える力が弱くなってドンドン頭が悪くなるわ」

 店内には店主の女性と客が居り、店主の脇には従業員の青年が居る。

 客はショーケースの中にある、つばさの生えた知恵の実が彫られたデザインの万年筆を興味深そうに見ており、その話を聞いてゲン担ぎに是非とも欲しいと言った様な顔をしている。

「過程は分からないけど、何故だか答えは分かる。そう仰るのですか?」

 客は値踏みする様にペンと店主を見比べている。

「あら、そのペンの力を疑ってらっしゃる? ならば、このペンを持って行ってくださいな。そうね、普通のお求め易い万年筆と同じ値段で御貸しするわ。それでペンが気に入らなければお代はお返ししますし、気に入ったなら改めて購入してください」


  * * *


「あのお客さん、何の躊躇ちゅうちょも無く買っていきましたね……アイネさんが再三再四忠告しているにも関わらず。あの様子だと、この店の事も忘れて、あのペンを格安で売っただけになるんじゃないですか?」

 斜に構えたと言う程では無し、諫言かんげんを呈すると言う程でも無し、されど少々危惧を含んだ様子で従業員の青年は言う。

 しかし、店主の女性は意に介せず、危機感を全く持たずに言った。

「きっと大丈夫。あの人はペンの事を気に入って、ものすごく高価に改めて買いに来る気がするわ」


  * * *


 自宅の机で、何かのマークシートに一心不乱で書き込んでいる人物が居た。

 机上にあるのは簡素な質問が書かれたマークシートだけで、他には解くべき問題文などは見当たらないが、その人物は翼の生えた知恵の実が彫られた万年筆でスラスラとマークシートに求められた解答を書き込んでいた。

「この試合はアウェー側のチームが勝利、こっちのカードは引き分けで試合終了、次の試合もアウェーが勝って、次はホーム側の勝利! これはすごいな、試合の過程は分からないが、どっちのチームが勝つかは何故だか手に取る様に分かる。あの女、問題を考えなくなるから頭が悪くなるとは言ったが、元より選手の知識ちしきが無い俺には問題も無い。スポーツ賭博様々だ!」

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