第六百二十七夜『打ち上げられていた物-Globster-』

2024/04/12「黄昏」「犠牲」「業務用の主人公」ジャンルは「指定なし」


 壁面へきめんつるが這った、どことなく幻想的な雰囲気の、古風な映画かアニメで見る様なおまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店内には、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿で墨を垂らした様な黒髪が印象的な店主が居り、どことなく刃物の様な印象を覚える、詰襟姿つめえりすがたの青年が丁度入って来たところ。

 店内には、棚の上に大きな金魚鉢が飾られており、その中には仄かに脈動する真っ白い肉塊がたっぷりの海水に入っていた。

「えっと、アイネさん。その金魚鉢の中身って何ですか?」

「あら、いらっしゃい。それはね……何かしら? 私にもよく分からないな」

 青年はぞとした表情で質問したが、店主の女性は自分が売っている物とは思えない様な返答をし、彼を増々ぞっとさせた。

「よく分からない物を売っているのですか!?」

「ええ、それは分からない事に意義があるのですもの。カナエはグロブスターってご存知?」

「え? すみません、分かりません」

 青年は内心困惑した。

 何せ分からない物を質問したら、質問されたのだ、分からない物がさらに分からない。

「これはね、なの。正体不明の腐乱死体として売っているから、正体が判明したら正体不明の腐乱死体としては売れなくなるわ。やろうと思えばDNA解析でもすれば正体が分かるでしょうけど、そんな事してしまうと、うちの商品じゃなくなってしまうわね」

「正体不明の腐乱死体……でもそれってひょっとして……」

「ええ、ひょっとしたら人間かも知れないわね」

 青年は店主の女性に考えを言い当てられ、言葉の飲んだ。

土左衛門どざえもんやデイヴィ・ジョーンズのロッカーみたいに、人間の水死体が微生物やスカベンジャーに食べられたり、水を吸ったりして人間じゃなくなる事もあるでしょう。でも人間は陸の生き物、きっとそのグロブスターはイルカかクジラじゃないかしら?」

 店主の女性の女性の言葉を聞き、青年は落ち着くやら気味悪がるやら。

「そうですか、クジラやイルカの死体の一部がこんなになるんですね……しかし、これって売れるんですか?」

「ええ、売れるわよ。この間カナエが帰った後、なんだか出目金みたいなお客さんが来られて『これはすごい! 最近では規制されて久しいというのに、こんなに立派にれている!』って言って喜んで一つ買っていったわ」

 青年は店主の女性の言葉を聞き、夕暮れ時に頭部が金魚の半魚人が納豆かチーズでも買う感覚で肉塊を買い、自宅でニコニコ満面の笑顔で一升瓶を開けている様を想像した。

「えっと、それ本当ですか? 出目金みたいなってどういう意味です?」

「それはそのままの意味よ、出目金みたいなお客さんは出目金みたいなお客さん。きっと世の中には金魚の住む町があって、そこではクジラの漁が禁止されていて、その昔はクジラ漁とクジラの発酵食品で一世風靡いっせいふうびでもしてたんじゃないかしら?」

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