第六百二十六夜『昔居た、偉大で巨大な尊大な画家-great order-』

2024/04/12「湖」「墓場」「ねじれたトイレ」ジャンルは「大衆小説」


(目をつぶり、魚が水面を跳ね、白い鳥が空を飛ぶ様を想像する。私はそんな風景を知らないが、問題は無い。私はこの真っ白のキャンバスにそんな風景を描く)

 昔々、今とは大分様子が異なる頃、真っ白いキャンバスに何かを一心不乱に描いている画家が居た。

 画家はそれ以外の生き方を知らず、ひたすら真っ白いキャンバスに絵を描き続けた。

「塗りつぶしがあってはいけねえ、空白なんておぞましいだけだ」

 それが画家のモットーであり、余白の存在する絵というのは画家に言わせれば駄作だった。

 これは画家の感性が悪いと言うよりは、彼の生まれた時代のせいであろう。

「白は嫌いだ、白い絵の具なんてキャンバスに塗る物じゃねえ」

 同様の理由で、画家は白い絵の具を直接使う事は無かった。

 画家は白い顔料を無尽蔵に持ってこそいたが、色を混ぜて使うだけであり、白い絵の具を直に事は一切無かった。

 真っ白いキャンバスに、白い雲を描く際も、白い生き物を描く際も、白い絵の具を使う事は一切無く、色を混ぜて色の混ざった白にする。

 そして、画家は白い顔料そのものも嫌いだったので、本当に白い物を一切絵に描かなかった。

「ふう、こんなもんだろう。一旦休憩しよう」

 画家は真っ白くて平面の地球キャンバスに青や緑での数々を描き、それらが自信作で満足がいって充足感に満ちていた。

 御幣を恐れずに言うと、画家は男神だった。

 いや、まだ性別という概念が希薄な程昔の事で、更には近年では彼は女性だったという説も強くなっている。

 とにもかくにも、画家は神だった。

「この忌々しい、どこまで見渡しても真っ白なキャンバスも大分色が塗られて来たが、まだまだ先は長い。次は私の様な神をたくさん描こう」

 画家はペットの牛から牛乳を貰い、これを飲んで休んだ。

 画家は真っ白い物全てが憎んでいたが、牛乳だけは例外であり、大好物だった。

「どんな神を描こう? 私の様に創る事が何より好きな神で、諦める事を知らない神を描こう。それがいい、私は愛し、愛される存在になろう」


 真っ白いキャンバスがすっかり塗り尽くされた日の、夜の事であった。

 画家は自分の行なった偉業を見て、満足して眠りに落ち、すると画家の描いた絵に異変が生じた。

 画家の描いた神々がキャンバスから立ち上がった。

 画家の描いた神々の目には、知性や使命のが宿っており、明確な意思を持っていた。

 画家の描いた神々は画家を見つけると、画家の両手を拘束し、首に武器をあてがった。

 これには疲れ果てていた画家も、ビックリ仰天し目を覚ます。

「おい、お前ら! 一体何をしている? お前らは私を愛し、私に愛されるのが役目ではないのか?」

 神々は画家が耳障りにわめく言葉を聞き流し、手に持った槍でその首を落とした。

 画家の首から流れる血は、絵に流れて本物の河川や海となった。

 画家の肉体は土に帰り、絵に倒れて本物の大地になった。

 画家の腐肉や糞便には微生物が湧き、やがて本物の絵の生物になった。

 槍を持った神は傲慢な画家を死んだ事を喜び、自分こそが戦と武器と死の神、神々の王だと自称した。

「これから良い世が到来するぞ。命に溢れ、独善的でなく、多くがより多くを生み出す最高の世界が……」

 戦の神はそう宣言したが、そもそも彼は画家の息子である。

 この先の未来、戦の神は独善的で父性的で対面と国力のためなら犠牲を厭わぬ戦争国の王になり、最終的に国は燃え落ちるのだが、それはずっと先の話。

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