第六百二十五夜『ミノスの王胤-shotgun XXXXing-』

2024/04/10「月」「魔女」「残念な存在」ジャンルは「時代小説」


 ミノス王は困窮こんきゅうしていた。

 土地神の怒りを買い、新しく生まれた息子は土地神の呪いで「モウ」としか口を利けない獣のような状態になってしまった。

 ならばと子を成す為に招いたお妾は皆、半神である妻の嫉妬しっとを買ってしまい、ミノス王と交わると感染症で死ぬ呪いがかかってしまった。

 ついでに注文した品物は、何故だか毎回不良品が届く。

 最後の件はミノス王に瑕疵かしがある訳では無いが、王宮の人々から庶民に至るまで、王の素行が悪いから天罰が下ったのだとうわさした。


 ミノス王は困窮し、困窮した果てに一つの考えに至った。

 目には目を、歯には歯を、カメの甲より年の功、姉よりすぐれた妹など存在しない……即ち、魔女として知られている妻の姉を頼る事にした。


 そうしてミノス王は義姉の元を訪れた。

 無論、王が自ら魔女の元を訪れるとなると、政敵を暗殺でもしているのでは勘繰られかねず、お忍びで人知れず出向く必要があった。

 ミノス王が義姉の家を訪れると、出迎えたのは裸の男だった。

 裸の男は四つん這いになって獣の様に歩いており、身体や体毛は清潔せいけつを保っている様に見えるが、顔には口枷が施されているためよだれを垂らし続けており、そして人語を全く喋らない。

 これを見たミノス王は、嫌悪感をあらわにした。

(我が義姉ながら、なんと恐ろしい女だ……)

 ミノス王は、義姉が裸の男を『ブタちゃん』と呼んで愛でている事を知っている。

 因みにミノス王は、義姉が所有する裸の男の事はただ単に奴隷どれいと呼んでいる

 義姉の奴隷を見てミノス王は悪寒を覚え、そして違和感におそわれた。

「この男、初めて見る顔だな……」

 間違まちがいない、この男はミノス王が見た事のある奴隷とは別人だ。

義姉ねえさんめ、また奴隷を増やしたのか……」

 義姉がどうやって健康な成人男性を『ブタちゃん』と呼ばれる奴隷に調教しているか、ミノス王は知らないし知りたくないが、この奴隷を見ていると、嫌な想像をしてしまう。

「おうおうおう、ミノス君じゃん。来るなら連絡してくれれば良かったのに! おい、かゆ食わないか?」

 そこには魔女らしい魔女と言うべき布の多い服、魔女よりも魔女らしい床まで届くが清潔に見える長髪ちょうはつ、普通の魔女なら畏怖を覚えそうな短剣と薬瓶をいくつも結わえた太い腰紐を身に着けたミノスの義姉が居た。

「これは失礼。火急の用で、なおかつ他人ひとに言えない用事だったのですよ。それと粥は要らない」

 義姉はとにかく粥を勧める。

 そして、近隣の住人は「魔女から勧められた食べ物は絶対に食べないように!」と言い含められている。つまり、そういう事だ

「そうかい。まあミノス君がうちを訪ねる心当たりは幾つかあったし、まあ相談に乗るだけ乗ってやりましょう。好きとか嫌いとかはいい、お粥を食べるんだ」

「ああ、そう言っていただけると本当にありがたい。あと粥は結構だ」

 ミノス王は義姉と『ブタちゃん』に案内され、テーブルに座る様指示された。

「ミノス君がうちに来たって事は、十中八九うちの妹の事だろう? あの女、一体何をしでかしたんだい? 立っているのも何だから、ここに座んなよ。お粥でも啜って、話でもしよう」

「ああ、どうやら私は妃に呪いをかけられた様で、妾を抱くと妾がサソリに刺された様になって死んでしまう。子を成すのは、王の務めだと言うのに! それと、お粥はまたの機会に」

 ミノス王の話を聞き、義姉は爆笑した。

 爆笑の余り、手に持った粥で満ちた鍋は今にも揺れて零れそう。

「何だって、それはいい! あの子ったら、行為中のペニスをサソリにする呪いをかけたのか! あんな物、どこで誰に使う機会に恵まれるのかと疑っていたが、夫のペニスをサソリにする王妃だなんて! ああ、これは傑作! 時に、お粥うっかり作りすぎちゃってー、良かったら食べてくれないかい?」

「笑い事で済めば、わざわざこんな形で訪問などしますまいて……お粥は食わん」

 ミノス王は真剣に悩んで、ここに来たのだ。

 妻は呪われているし、子供も呪われているし、妾も呪われているし、義姉の言葉を聞くにミノス王本人も呪われている。

 これでは、御家断絶どころの話ではない。

「まあ何、解決策はある。まずミノス君が受けた呪いだが、妹の呪いの力の源は太陽。あの天に輝く太陽が見える間、ミノス君はずーっと呪われたままって訳だ。いいかい? お粥をな、お粥をいつでも食えるくらいになりなさいよ。それがちょうどいい腹具合ってとこなんだ。」

「太陽! つまり日没から日の出にかけてならば、妃の呪いははたらかないと言う事か! すまないが、今は満腹でお粥一口も入らん」

 ミノス王の反応に対して、義姉は楽しそうに否定した。

「ぶっぶー! それは素人考えって奴だぜ、いいかい? 夜空の星が光輝いて見えるのは、陽の光を受けているからなんだ。つまり、空に太陽と月と星が有る限り、ミノス君はずーっと、ずーーーっと呪われている事になるね。そんな事より、この特大鍋のお粥、これは即効性のエネルギー食で、しかも幻覚作用のあるハーブも乗せてバランスもいい」

「それは……我が妃ながら、トンでも無い呪いだな。空にあの太陽と月と星がある限り、作用し続ける呪いとは……あと幻覚作用のあるハーブの入ったお粥は要らん」

 呪いの強大さに嘆くミノス王に対し、義姉はニヤリ、含み笑いを浮かべた。

「ふふん! それに関しては、我に妙案有りだ! つまりは、太陽も月も無い場所に行けばいいって寸法さ! そっちの奥に扉が見えるだろう? その扉は太陽も月も無いあちこちの場所に繋がっている。だが、どうだ……? 君は王、昼間から粥を飲んでも許される権力者! 唯一、粥が飲める玉座に君臨している人間だ……!」

「なるほど。理屈は分からないが、あの扉の先では妃の呪いは働かないと……やはり義姉さんを頼ってよかった。それから、お粥を飲むために王になった訳じゃないし、庶民でも昼にお粥を飲む人も普通に居るからな?」

 ミノス王は一瞬いっしゅん前の暗い顔持ちが、まるで嘘の様に明るくなった。

「ミノス王はこれから、鬱憤うっぷんやらナニやらが溜まってしまったら、うちに来てくれれば発散できるって訳さ! それよりも、お粥を料理させたら、ギリシャ人にかなう者は居ない。これは自慢ではなく、! さっ、召し上がれ?」

「ありがとう、なんとお礼を言ったらいいか……ところで試しにその扉を一度、使ってみてもよろしいか? 悪いが、麦の粥にアレルギーの体質なんだ」

 ミノス王は義姉にお礼を言い、さっそく魔法の扉を使い、その先でナンパを楽しむ事にした。

 口では家がどうだの、世継ぎがどうだの言ってはいるが、本質として彼は好色な男なのだ。

 スケベで好色な男でないなら、妻が大層な呪いをかけて来るのは理解に苦しむ。

 鼻息はないき荒く、肩で風切るミノス王の様子を見て、義姉はやれやれと肩をすくめた。

「ふうむ、全く釣れない男だ……ブタちゃん、お粥食べる?」

「ぶひ、ぶひぶひ! かゆ、うま!」

 義姉はブタちゃんのために、人間の男を『ブタちゃん』に変える粥をペット用の皿に盛って与えた。

「たくさんお食べ、可愛いブタちゃん」


 さて、義姉が言った事に嘘偽りは一つも無かった。

 何せ扉の先は太陽と異なる恒星系であり、太陽の様な物は有るが、それは太陽ではなかった。

 しかし、義姉には一つ誤算があった。

 人間は日光を浴びる事で、体内でビタミンDを生成する。

 即ち、日光を浴びて力を得るのは月だけではなく、魔女だけではなく、人間も含まれている。

 義姉の作戦を完璧かんぺきに実行したいのであれば、体調を崩すまでずーっと暗がりに潜伏してから扉の向こうへ行く必要があった。

 しかし、扉の先には太陽の光が届かない異世界なのもまた事実であり、結果としてミノス王への呪いは変状した形で顕れる事になった……


 * * * 


「なあ、異世界作品で一つだけ分からない事があるんだけどよ……」

「一つ以外、全部理解出来たのか……それで、何が分からないんだ?」

「ミノタウロスが出てくる作品って多いけどよ、ミノタウロスってミノスの牛って意味だろ? なんでミノスが存在しない異世界に、ミノタウロスって名前が通用しているんだ?」

「なんだ、そんな事か。それはアレだ、異世界作品ってつまりは異世界に稀人まれびとが来る作品だろ? 異世界に昔、ミノスって名前の奴が偶然訪れたんだろう。これで何も、矛盾は無い。そうだろう?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る