第六百二十四夜『西には行かず-GO WASTE!-』

2024/04/09「西」「動物」「業務用の大学」ジャンルは「ギャグコメ」


 ある大学のカフェテリアに、一見痩躯いっけんそうくだが筋肉質な青年と、どこかサルの様な印象を覚える軽快な雰囲気でスレンダーな茶髪ちゃぱつの女学生とが居た。

 二人は昨今のニュースだの、読んでいるマンガ雑誌ざっしの展開だの、知り合いや友人とのやり取りや近況を話し合っていた。

「あーあ、私もゲンジョウみたいな霊感れいかん欲しいなー。やっぱりお寺の生まれとか関係ある?」

「何だ、やぶから棒に? あと家は関係ないと思うぞ」

 筋肉質な青年は、茶髪の女学生の唐突な言葉に訝しんだが、特に自分を否定する事も無く返した。

「それがねー、私の友達が霊障れいしょう? 心霊現象に悩んでるらしいの」

「ふーん、それで?」

 茶髪の女学生は誘導ゆうどうをする様な口調で言うが、筋肉質な青年は特に強い反応を示さない。

「何でも、外を独りで歩いていると背後から何かの気配を感じるんだって」

「ストーカーだな、警察けいさつに頼れ」

「それがね、背後に何かの気配を感じて振り返っても、人が隠れられる場所はどこにも無いんだって」

「じゃあ気のせいだな」

 取り付く島も無し、けれども筋肉質な青年には情が無い訳でも無い。もしも仮に全ての生物が化けて出ると言うのなら、この世で生まれた全ての生き物は現在生きている生物の数を大きく凌駕りょうがしている訳で、この世のどこにも心霊現象が起き続けて居なければならない。つまり、そもそも彼は霊感こそあるが心霊現象には否定的と言える。

「とにかく、ストーカーじゃなかったら気のせいだ。特に被害が出てないんだろ? 被害が出ていないのなら、存在しないのと同じだ」


 時は変わり、夕暮ゆうぐれ時。筋肉質な青年は独りで住宅街を歩いていた。

「世の終わりが来る、この世のどこにもうれいと悲しみが満ちる、末法の世が訪れる。見よ、西の門より人々は国を出る……」

 時間帯のせいか、住宅街だというのに人通りはまるで無く、道には終末論者らしい坊主が教義を語っているだけだった。

(あの胡散臭い坊さんのせいで、人が寄り付かないのでは?)

 筋肉質な青年はそういぶかしみながら、道を歩いていた。

 その時、夕暮れだった筈の周囲が急に暗くなった。何事かと筋肉質な青年は振り返ると、そこには身の丈十メートルはありそうな袈裟姿けさすがたの一つ目の巨人が居た。その口からはまるでマンモスの様な長大で剣呑けんのんな牙が露出ろしゅつしていて、自信を絶対的な捕食者であると強調していた。

「おお、これはいい。ようやく美味そうな人間が見つかった」

 巨人は鼻尖びせんの上にある、不自然に大きな単眼で筋肉質な青年を覗き込んで舌なめずりをした。

 そんな巨人を、筋肉質な青年はいていた安全靴あんぜんぐつすねりつけた

「痛っ! ええい、あばれるな!」

 暴れるなと言われ、暴れない人間はそうそう居ない。巨人は筋肉質な青年を捕まえようとするが、彼はスルリと手の内を逃れる。

「消えろ、ゴミ野郎」

 筋肉質な青年は巨人の脛を蹴り、脛毛を千切り、巨人が素足に草履ぞうりなのを良い事に、爪を踏み抜いてへし折ったり、指の関節を踏み砕いたりした。

「ぐあああああっ!」

 巨人は身悶みもだえし、しゃがみこみ、そのまま脚部から順繰りに肉体が雲散霧消うんさんむしょうし、残った頭部からは肉と眼球とがベロリとがれて頭蓋骨とうがいこつが空中に浮かび、巨人の頭蓋骨は西の彼方かなたへと飛んで消えた。

 巨人が消えた住宅街は、日影が無くなり時間相応の明るさとなった。

「全く、迷惑めいわくなストーカーだったな」

 筋肉質な青年はそうボヤきながら、さも何も無かったかのように歩き続けた。


  * * *


 ある大学のカフェテリアのテラス席に、一見痩躯だが筋肉質な青年と、どこかサルの様な印象を覚える軽快な雰囲気でスレンダーな茶髪の女学生とが居た。

 二人は直近の出来事であったり、知り合いや友人の近況を互いに話し合っていた。

「ところで、一つ目巨人の骨格って実在するの、知ってるか?」

「いきなりどうしたの?」

 茶髪の女学生は、筋肉質な青年の唐突な言葉に怪訝けげんな物を見る反応を見せた。

「まあ聞いてくれ、一つ目の巨人の正体はゾウなんだ。ゾウの頭蓋骨って額に穴が空いているんだが、それが一つ目巨人の様に見えたって訳だな」

「えっと、何で急にそんな話を?」

「いや、つい昨日ゾウの骨を見てな。急に話したくなったんだ」

「はぁ……」

 そう愚にもつかぬ、下らない物言いを互いにしては、互いに呆れたり笑ったりしていた。

 その時、二人が座っているテラス席へと闖入者ちんにゅうしゃの声が聞こえていた。

「世の終わりが来る、この世のどこにもうれいと悲しみが満ちる、末法の世が訪れる。見よ、西の門より人々は国を出る……」

 大学の構内こうないを、終末論者らしい坊主が教義きょうぎを説きながら歩いていた。多くの学生は坊主の存在に気が付き、けていた。

「あーなんか最近多いよね、ああいう人の心の隙間に付け入るタイプの布教してる人。うちの学校も注意喚起ちゅういかんきとかだけじゃなくて、何か本格的な対策すればいいのに!」

 うんざりした様子で語る茶髪の女学生を尻目に、筋肉質な青年はささやかに微笑ほほえんだ。

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