第六百二十二夜『輸血鬼-blood typo-』

2024/04/07「虫」「蜘蛛」「家の中の殺戮」ジャンルは「純愛モノ」


 むせかえりそうな腐臭ふしゅうただようサロンの中、ゴシック調の服装の紳士が鮮やかな赤い飲み物が入ったグラスを傾けていた。

「全く、最近の若い者は……」

 いわゆる愚痴上戸ぐちじょうご呑口上戸のみぐちじょうごという奴か、この紳士は飲むと悲嘆的ひたんてきになる。いや、酒に酔ったから悲嘆的になる訳では無いし、そもそも彼が飲んでいるのはアルコールるいではない。彼は飲み物が不味くて嘆いているのだ。

「最近の若者は、こんな不味い血を飲んで喜んでいる。この様な嘆かわしい事があるものか!」

 紳士は吸血鬼だ。それも吸血鬼のネームバリューのトップ、誰であろうドラキュラ伯爵はくしゃくその人である。

 世の中にはドラキュラ伯爵なんて弱点だらけであり、吸血鬼の始祖の様に振舞ふるまっているくせに、かの女吸血鬼カーミラよりも年下の出しゃばりだと言う人も居るかも知れない。しかし今回に限っては、その様な事はどうでもいい。

「ええ、貴方あなたの言う通り。人間は不味く堕落だらくしてしまったわ、伯爵」

 何せ、ドラキュラ伯爵の横で同じように不味い血をグラスですすっているのは黒いゴシックドレス姿の少女、即ちカーミラその人だったのだ。

「美味しそうな美女だと思ってのどみついてみるものの、昔の人類の血と比べたら不味い事! 一味足りないと言うべきかしら? 雑味ざつみが多いと言うべきかしら? 不完全と不完全とが渾然一体こんぜんいったいとなって、より抜けてて余計な不味さになっているというべきかしら?」

 黒いドレス姿の少女はチョコレートをかじってはグラスに入った血で舌をうるおし、残念そうな顔を浮かべては再度チョコレートをかじっていた。

「私には分かるぞ、まだ私が表舞台で現役だった頃の血はまさしく馳走ちそうだった。かのヘルシングと対決した頃にはまだ、人類の味は高尚だった。人類の味が大きく落ちたのはその直後、二十世紀初頭だな……」

「ええ、貴方の時代はですものね」

しかり、私が知る人間は血液型なぞ気にせずに輸血ゆけつを行っていた」

 二人の吸血鬼は昔をなつかしむ様にニヤリ口角を上げて、さも、あの頃の人間の血の味を知っている自分達は高尚だと言う様にほくそ笑んだ。その様子は、喉を過ぎる血は不味いが、共有出来る思い出こそが最高のスパイスだとでも言う様。

 そんな二人の吸血鬼の話を聞いているのは、若輩じゃくはいの吸血鬼の女性。

「血液型が無かった頃の人間の血というのは、そんなにも別格だったのですか」

 若輩の吸血鬼はドラキュラ伯爵とカーミラの話を興味深きょうみぶかそうに、それでいてまるで信じられない様に、そして何よりも感心して聞いていた。何せ物心がついた頃には血液型が存在していた身からしたら血液型が存在しない時代がある事、血液型が存在しない人間の味がまるでちがう事など想像を絶すると言う他無い。

 そこに現れたのは、飲み物を持ったウェイター。勿論彼も吸血鬼であり、手に持たれた盆には血液が注がれたグラスが並んでいる。

「ご婦人方にドラキュラきょう、そんなあなた方のリクエストに応えて特別なお飲み物のサービスです」

 その場に居合わせた面々は新しい飲み物を勧められるが、しかし三者三様に今しがた昔の人間の血は別物だったという話をしていたのだから、いぶかしまずにいられない。

「ふむ、君、これは何かね? 見たところ昔の人間の血でもない様だが?」

 勧められた飲み物に対して質問をするドラキュラ伯爵に対し、ウェイターの吸血鬼は自信満々の笑顔で答えた。

「これはゴリラの血液です。何せゴリラは血液型がみんな同じ、即ち血液型が存在しないも同じですからね!」

 ゴリラの血を勧められた吸血鬼達は、思わず引きつった笑いを浮かべた。いくら人間の血が不味くなったとは言え、ゴリラの血を啜るくらいならば、不味い血で我慢がまんするというものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る