第六百十六夜『ささやかな嘘の話-boo-boo-』

2024/04/01「陸」「苺」「恐怖の子供時代」ジャンルは「学園モノ」


 ある喫茶店きっさてんに、一見痩躯そうくだが引き締まって筋肉質な男子生徒と、長い茶髪ちゃぱつが目に映えるスレンダーで、どこかサルの様な印象を覚える軽快な雰囲気の女学生とが居た。

 二人の前には尋常じんじょうでは無い、まるで巨人の靴底くつぞこを思わせるカツレツが挟まったサンドイッチと、そのよこにあるせいで常識的じょうしきてきな大きさに見えるが、よく見ると充分大きいデニッシュとがあった。

 茶髪の女生徒は巨大なカツパンにかぶりつきながら、痩躯な男子生徒はデニッシュにいちごのアイスクリームを乗せたり、メイプルシロップをかけたりしつつ、ゆっくりと舌鼓したづつみを打ちつつ、互いに雑談ざつだんきょうじている。

 話の内容は授業の内容、最近話題の番組、ゼミの担当の先生……そんな他愛の無い事だった。

 そんなとき、痩躯な男子生徒の携帯電話けいたいでんわに電話が来た。

「失礼。はい、もしもし?」

 喫茶店、それも雑談中だが痩躯な男子生徒はその場で電話に出た。

『私、メリーさん。今最寄りの駅に居るの』

 痩躯な男子生徒の友人に、メリーと言う名前の人物は居ない。彼は異変を覚え、電話の相手に尋ねた。

「最寄り駅? 彼方此方あちらこちらえきか?」

『え? 此処其処ここそこえきだけど……』

 まさかこちらの言葉ことばに反応があるとは思わず、痩躯な男子生徒は思わず右手でガッツポーズをした。

「そりゃ見当違けんとうちがいだ、全然違う。俺が今居るのは、彼方此方駅の南改札口から出て右手にある雑居ざっきょビルの四階だ」

『わ、わかった! 今そっちに行くね』

 その声を最後に、電話は切れた。痩躯な男子生徒は右手のガッツポーズを維持したまま、小刻みに揺れて失笑をこらえるのに必死だ。

「誰? 何かあったの? と言うか、それってどこ?」

 怪訝な物を見る目半分面白い物を見る目半分でたずねる茶髪の女学生に、痩躯な男子生徒は平常心を取り戻し、冷静れいせいな様子で返した。

「んー……多分ストーカーの一種だな、前から付きまとわれているんだ。さっき言った場所だけど、お空は近づくなよ? いわゆるヤの付く自由業の方々の事務所だから」

「うわ、こわ。それで、そのストーカーさん? ヤクザの事務所に乗り込むかな? だまされた事に途中で気が付くかな? というか、ストーカーの人がゲンジョウの事を話したら、ゲンジョウの身が危なくない?」

 茶髪の女学生は応答そのものこそはテキトーな声色だったが、その一方で痩躯な男子生徒の身を本気で心配している様な様子を見せた。それに対し、彼はつまらなさそうな反応を見せた。

「まあなんだ、うち寺だろ? こう、地域的ちいきてきなアレとかソレがあって、その自由業の方々とは昔からの知り合いなんだ……これ、余所では言うなよ?」

「なるほどねー。うん、口外しない」

 茶髪の女学生はそう言うと、大きな口でカツパンを平らげた。それを見て、痩躯な男子生徒はデニッシュに乗せた苺のアイスクリームをメイプルシロップでこねたり、スプーンで突いては口に運ぶ。

「ところで、そのストーカーの人、ヤクザの事務所に不用意を不用意に訪ねてどうなっちゃうんだろう? 話に聞く様に売り物にされちゃうとか?」

 その言葉を聞き、痩躯な男子生徒の脳裏のうりには、メリーさんを名乗る幽霊ゆうれいおりに閉じ込められてオークションにかけられる様を想像そうぞうした。

(いやいやいや、幽霊を売り物に出来るならば、いくらだってもうける手段はあるどうが……)

「どうかしたの?」

「え? いや、何でもないよ」

 痩躯な男子生徒はそう言って否定はしたものの、彼の脳裏には暴力団ぼうりょくだんが新しいシノギを見つけて乾杯をしている……そんな光景が焼きついた様に消えないでいた。

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