第六百十三夜『指-the banner of truth-』

2024/03/29「電気」「ヤカン」「見えない主従関係」ジャンルは「指定しない」


「ダメだ、全く書けん」

 ある作家が机の前でボヤいていた。その作家は学生時代からノートやキーボードにかじり付いて暮くらしており、ふでの速さが自慢じまんだった。しかし、書けない。

 アイディアはある、やる気もある、仕事環境だって悪くない、体力作りは日課のランニングのおかげでたっぷりだ。しかし、書けないものは書けないのだ。

 その一方で、部屋では作家の同居人が湯気の昇る湯飲みをわきに、携帯けいたいゲームにきょうじていた。

「おい、無視か? ボクがこんなに口外に助け舟を欲している態度たいどを示しているのに、君は無視するのか?」

「後にしてくれませんか、先生? 今すごくいい所なんで」

 作家の同居人の操作する携帯ゲームには、羽織はおりを着た剣士三人が現代の街並みで鬼を相手に大立ち回りを演じている、典型的なコマンド式のロールプレイングゲームだ。

「ふむ、転生てんせいだか転生てんしょうに連なるゲームか」

 携帯ゲームをのぞき込む作家に対し、作家の同居人は意外いがいそうな声を挙げた。

「その転生とか何とかってのは分かりませんが、先生このゲーム知ってるんですか? ゲームやらない人ですよね?」

「ああ、そのゲームはやった事無いが、そのゲームの原作の原作は読んだ事が有る……もとい、そのゲームもシナリオや評判を読んだ事がある」

 そう当り前の様に言う作家に対し、作家の同居人は怪訝けげん態度たいどで返す。

「え? このゲームって原作は小説だったのですか?」

「君は本当に何も知らないな! しかし、新選組しんせんぐみと鬼の組み合わせっていうのも、中々面白い物だな」

「……何か面白いんですか? 土方ひじかた歳三としぞうが鬼って呼ばれているからですか?」

 作家の同居人は改心の出来と言わんばかりの口調で言ったが、作家はは特に感心した様子も落胆した様子も見せない。

「いや、別にそう言う事じゃあないが、鬼は人間の指だけは食べずに、指以外の全身を喰うという話は知っているか?」

「いや、初めて聞きました」

「それじゃあ新選組は切り合いの際に専ら指を狙い、相手が武器を持てずに丸腰まるごしになる様狙うのが常套じょうとう手段しゅだんだったという話はしってるか?」

「いや、初めて聞きました」

「君は本当に何も知らないなあ!」

 作家は大袈裟で大仰な声調で言い、天を仰いで手で目元をおおってなげく動作をしてみせた。

「それで、何が面白いんですか?」

「君はアホだな? 指を残して人間を捕食するバケモノと、指を切り落として相手を倒す人間の集団が戦っているんだぜ? 人間かバケモノか、手段か目的かが逆転しているだけで、真逆で同じ事しているんだ、これが面白おかしくない訳がないじゃあないか!」

「一応逆と言いますが、一応実在の人達に対してそんな事言うのは失礼じゃないですか?」

 心底おかしそうに語る作家に対し、作家の同居人は至極どうでもよさそうにしている。

「ところで君、指をしゃぶるくせってあるかい?」

「どうしたんですか? 急に」

「いやなに、指を残すのが鬼なら、指を口に入れるのが鬼じゃない……だから指をしゃぶると、鬼や新選組に殺されるなんて子供のしつけもあるんじゃあないかもなってね……」

 作家の同居人には指をしゃぶる癖は無かった。しかし、彼の親指には自分の歯型がうっすらとついていた。

「それ、俺が鬼だか新選組が来て指を斬られるって言いたいんですか?」

「いや、別にそういう訳ではないが、そういうアイディアの作品も良いかもなと思っただけさ。何せ日本刀も金棒かなぼうも武器として非現実的だし、誰からとやかく言われる事も無さそうだ」

 作家は勝利を確信した様な笑みを浮かべている。理論武装が完成し、上機嫌じょうきげんと言ったところ。

「そう言って、とやかく言われたらとやかく言って来た人をネタにして何か書くのが先生でしょう?」

「まあ、そうだがね」

 二人がそうにつかぬ事を話していると、テレビのニュース番組が速報を告げた。

『速報です。他組織ほかそしきとの抗争にそなえるため、拳銃と日本刀を組織的に所持していたとして、先日に銃刀法違反じゅうとうほういはんなどの疑いで逮捕された指定暴力団していぼうりょくだん極悪組ごくあくぐみ傘下さんか組織そしきの組長、並びに組員男性十人について、検察は本日、いずれも不起訴処分とした。処分理由は明らかにされておりません』

 作家と作家の同居人は互いに顔を見合い、短時間沈黙ちんもくした。

「司法取引、ですかね?」

「そうだろうね」

「組織的に日本刀を所持ですって」

「そうだな」

「さっきのアイディア、どうします?」

「……」

 作家は曖昧あいまいな表情を浮かべ、黙っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る