第六百十夜『《検閲済み》-1984-』

2024/03/26「島」「ヤカン」「意図的な世界」ジャンルは「邪道ファンタジー」


 白いハトの描かれた腕章わんしょうを身に着けた、年配の男性と若手の男性とが湯気の登るマグカップを片手にスクリーンを注視していた。

 スクリーンと言っても、娯楽映画のたぐいではない。スクリーンに映っているのはこの区画の中にある民家であったり、公園やショッピングモール等のコミュニティの場。白いハトの男達の仕事は、監視かんしだった。

『よって、我々はその男をらしめねばならない。決行は今から十五時間後、真夜中三時だ!』

 スクリーンに映った映像の一つには、民家に何かの見取り図を囲んで多くの人数が作戦さくせん会議かいぎと言った雰囲気ふんいきただよわせていて、いかにも何かを共謀きょうぼう、殺人の準備をしている様に見える。

「ねえ先輩せんぱい、これって取り締まり対象じゃないんですか?」

 剣呑な雰囲気の映像を、若輩の男性は怪訝けげんそうな物を観る目で見ている。

「懲らしめか……取り締まりの要件は満たさないな。その家の監視は別にいいぞ、それ以上の情報は出ないだろう」

「は? 何をおっしゃいますか先輩! 今こいつらの言ってる懲らしめって……」

「ああ、殺すの隠語いんごだろうな」

 若輩の男性は信じられない言葉を聞いたといった様子で年配の男性に異を唱えるが、しかし年配の男性はのらりくらりと言った態度たいどで真っ当に取り合わない。

「だったら!」

「待て、実際というのは殺すの隠語としてよく使われる、隠語としては古い表現だ。だがな、これは俺達の仕事じゃない。いいな?」

「……」

 若輩の男性は不満ふまんげに黙り込み、作業に戻った。


『何をお求めで?』

『ひよこ系はあるか?』

『ええ、ございますとも。あのカーテンの向こうの左奥の棚です』

 スクリーンに映っているのは、ゲームショップ。奥の方にはカーテンがかかっているコーナーが有って全貌ぜんぼうはカメラからは見えない。

「先輩、先輩! あのひよこ系って!」

 若輩の男性は水を得た魚、急に活力を得て年配の男性に話しかける。しかし年配の男性の態度はやはりかんばしくない。

「ああ、若い女、愛人、未成年の様に見える女性って意味の隠語だな」

「じゃあやっぱり!」

 ついに出番か! そう言いたさげに若輩の男性は使っていた机を両手で叩く形で立ちあがる。

「いや、問題無い。要件を満たしてないし、俺達の仕事じゃない。俺らは俺らのシマを張っていればいいんだ」

「……」

 しかし年配の男性はこの調子だった。若輩の男性はまともしぼみ込み、大人しく黙りこくって三度スクリーンを注視し始めた。


『焼きおにぎり大を二つ、レモンを絞って』


『いつものハーブを下さい、お金なら有ります』


『すみませんが、今日はトマトはもう売り切れなんですよ』


『豚肉に目が無い? うちには無いよ、奥の通路からどうぞ』


『ステーキ定食下さい』


「もういい加減かげんにして下さい!」

 若輩の男性は机を両手で強く叩き、抗議こうぎのポーズをしてみせた。

 彼は白いハトの腕章に憧れてこの部署ぶしょにようやく入ったのだ。こんな閑古鳥かんこどりの様なマネをするために、この部署に入った訳では無い。

「まあ落ち着け。奴らは隠語で話してはいるが、それは処罰に値しないし、それに俺達の仕事じゃない」

「何でですか? 連中はこんなに、隠語で違法いほう行為こういをする気満々じゃないですか!」

 すっかり頭に血が上っている若輩の男性を、年配の男性はなだめる様に言う。

「いいか、奴らは隠語を使っている。それはつまり、最低限の遵法じゅんぽう意識いしきが有ると言える。俺達と争いたくないと、そう言い換える事も出来るがな。それに……」

「それに、何です?」

「隠語で話している間、犯罪は確認されてないって事だ。犯罪が起きていないんだ、何よりじゃないか」

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