第六百九夜『私物化出来ない物-Herostratus-』

2024/03/25「砂」「風船」「人工のトイレ」ジャンルは「スイーツ(笑)」


 今日では、絵柄には著作権がはたらかない。

 なるほど、それは確かだ。しかし、俺はそれを聞いた時、目からうろこが落ちる思いだった。改めて聞くまで意識いしきしていなかったといっても良い。

 絵柄に著作権が働くならば、例えば誰もが知っているマンガ家の画風をパロディだと分かる様に描かれたならば、それが取り締まられなければならない。

 無論、著作者人格権なんて物もあるが、相手を敬ってやった事だと強弁すれば問題が無い。


 私がこの意見に感銘を受けた理由は、これをAIの免罪符として使われた事だ。

 現行の法律では、著作権に抵触するかどうかは類似性が認められるか否かに因る。即ち、司法の場で『この人はこのような物を決して描かない!』と判断をされた場合、それは著作権を侵害しているとは言えないのだ。

 汚い言い方をすれば、触れるのも汚らわしい様なパロディはパロディと認めるしかないという事になる。


 話題を絵柄に戻すのだが、とにかく絵柄そのものには著作権が働かない。他にも、声にも著作権が働かない。

 そして、一目で悪ふざけだと分かる内容ならば、いくら他人に成りすませようが著作権で罪に問われる事は無い。何故ならそういう法的根拠だからだ。

 無論、他の諸々の罪に問われる事はあるだろう。だが、俺に脳裏にはある考えが浮かんでいた。

(俺の人生、この先何か光明が見える事はあるのだろうか?)

 俺の人生はこれまでずーーーっと平坦そのものだった。砂丘を形成していない砂漠だと言い換えても良い。

 大昔には、王子の誕生日に付け火をして目立ちたがり屋が居たそうだが、俺にはその気持ちが分かる。俺はその放火魔ほうかまそのものと言っても良い。誕生日のクラッカーやアドバルーンの代わりに火事の混乱や恐慌きょうこうがあり、その真犯人が自分だとしたら、どれだけ気分が良いだろうか!

(このまま平坦な人生を歩むならいっそ、歴史に残る様な前人未到のデカい事をしてやろう!)

 そう思って、俺は計画を立て始めた。

 前人未到のデカい事をしようとしている割に、ここまでの独白はせせこましくセコいかも知れないが、俺が思うに俺の心にはやけっぱちになり切れない贅肉ぜいにくがあるのだろう。よくドラマで悪役が言う、出来れば誰かに止めて欲しかった! という奴だ。デカい事を成し遂げた後で、情緒じょうちょ酌量しゃくりょうの余地を認められたり、叶う事なら無罪放免になりたいと思っていると言い換えてもいい。

「まあアレだ、案ずるより産むが易し、後は野となれ山となれって奴だ。幸い、この前人未到の偉業は誰にだって簡単かんたんに成し遂げられる。誰にだって、簡単に」

 俺はAIに必要な事をやらせて、その出来を確認した。

「うむ、これは素人目に見ても、どこからどう見ても贋物がんぶつだ」

 想像以上の出来だ。これは俺と言う愉快犯を形成する坩堝るつぼで、これから多くの人が引っ掛かる肥溜めだ。俺の害意が万人を飲み込んで害し、そいつら俺に対して怒りをあらわにする事だろう。

 俺は完成品をソーシャルネットサービスに投稿した。


  * * *


 ソーシャルネットサービスに悪質な映像が投稿された。

 その映像は、現職げんしょくの首相がスーツ姿でカメラに向かって語りかけている物。しかし首相の動きは不自然に静止画せいしがの様で、口元だけが観る者に不自然さを感じさせる動きをしていた。

『我が国は某国に戦争を行う事を布告する。我が国の軍は全力を尽くして某国と戦い、また我が国の全ての民は、各々の職務と権限とをもって国家に尽力する様務めて欲しい。国際的こくさいてきな条約や法を守った上で、ありとあらゆる手段を尽くして某国をちゅうして欲しい』

 その音声は首相の声を学習させたAIに生成させた物で、万人の耳に首相と非常によく似た声と認めさせる正確さ。

 しかも、その映像には国営放送を表わす字幕じまくやロゴが入っており、「LIVE」の表示も入っていた。


 これには方々ほうぼうからの意見が交差した。

「これは一目で分かる偽物なのだ、精々せいぜい侮辱ぶじょくざいだろう」

「一国の首相が侮辱されてか? これは国家侮辱罪が妥当だろう!」

「何を言っている? 公人だろうが、人は人。そんな事より、これは国家こっか転覆てんぷくざい……外患がいかん誘致ゆうちの罪でしばり首が適切かと」

「寝言は寝て言いなさい! 外患誘致は、共謀の事実が無いと成立しません。こんなチンケなイタズラを死罪に問う等、司法に対する挑発! こいつの罪も、いいとこ法廷侮辱罪でしょうね」

「いや、重罪に問わないといかん! そもそも誰でも出来得るイタズラで、ともすれば国が亡くなりかねない事態じたいに発展するところだったのだ! これは内乱の罪で無期むき禁錮きんこにすべきである!」

「それはぬるいですな。前例を作らねば、犯罪者はんざいしゃ予備軍よびぐんはつけあがる。ならば重罪人は罪状を読み上げた上で公開処刑し、それこそその様をテレビや各種メディアで流すべきでしょう!」


 国中で誰も彼もが真剣な顔で言い合っているまさにその時、一人だけにやにや笑いを浮かべて静観せいかんしている者が居た。

 刑が軽くなったら、国家転覆を目論んだ大物として刑務所に入ってデカい顔が出来るし、国家転覆未遂の刑務所上がりだと箔も付く。

 刑が重くなったら、歴史に残る大罪人だと後世まで語られるかも分からぬ。ひょっとしたら教科書にり、自分の存在を知らないだけでテストを落とされる様な存在にもなれるかも知れない!

 どちらに転んでも自分にとっては願ったり叶ったり、確保された人物は鼻歌はなうたじりで自分の裁決を待っていた。

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