第六百六夜『見えない脅威-Invincible-』

2024/03/20「夜」「プレステ」「きれいなカエル」ジャンルは「指定なし」


 ある田舎の田園地帯でのお話。

 この一帯は夜は暗く、ぽつりぽつりとある街灯の灯りと月と星の光以外は完全に真っ暗。水田すいでんにはカエルが居て、ゲコゲコと大きな声で合唱している。人通りは少なく、自動車はそれなりには走っているが、夜に歩くのは物好きしか居ないと断言出来る。

 初めて来た人は不気味な雰囲気に感じるかも知れないが、住民からしたら当り前かつ平穏無事。カエルやハトの声が聞こえない夜なんて物があるなら、そちらの方が不気味というもの。


 雲が月や星々をおおっている、けれども雨は降っていない、そんな穏やかな風が吹き抜ける夜の出来事だった。

 ある人が両耳にイヤホンを着け、携帯端末けいたいたんまつを眺めながら歩いていた。

 ここら一帯の夜は、街灯の近くでなければ自分の足すら見えない有り様で、灯りになる物でもなければ碌すっぽ歩けやしない。これが冒険譚ぼうけんたんならば、登場人物に懐中電灯内蔵十徳盾ランタンシールドでも持たせるだろうという程の暗さで、まさしく一寸先は闇と言ったところ。

 しかしその人物は携帯端末片手に足取りは軽く、れた道だもんで特に不都合も無く歩く。オマケにイヤホンで音楽を聴いているのだが、これが上り調子の明るい曲で、お陰でその人物は鼻歌混じりに足取り軽くスイスイ暗い道を歩いていた。

 さすがに携帯端末でゲームをしている訳ではない。そんな事をしていたら、スイスイとは歩けない。携帯端末が流しているのは滑稽こっけいな娯楽の番組で、イヤホンを着けた人物はそれを聞いている形となる。


 そんなイヤホンを着けた人物が夜道を歩いていると、その斜め前方にが居た。

 そのはイヤホンを着けた人物の方を見ながら、その場から移動せずにと狂った様に踊っていた。

 イヤホンを着けた人物は斜め前方にと狂った様に踊り続けるが居る事に気が付かず、そのまま歩き続けた。

 と狂った様に踊り続けるは顔と目線でイヤホンを着けた人物を追い続けたが、その場から動く事無く、ただただ踊り続けていた。


 イヤホンを着けた人物が夜道を歩いていると、その斜め前方にが居た。

 それは人間の様だが全裸で、獣性を宿したぎらついた双眸そうぼうでイヤホンを着けた人物をにらみつけており「ンーンー」と唸り声の様な音を挙げた。

 イヤホンを着けた人物は斜め前方に人間の様なが居る事に気が付かず、そのまま歩き続けた。

 威嚇いかくの様な行動をし続けたが、イヤホンを着けた人物が接触してこない事を確認すると「ンーンー」と鳴き声を挙げながら去って行った。


 イヤホンを着けた人物が夜道を歩いていると、今度は横前方からが現れた。

 それは人間の様だが車道を走っており、イヤホンを着けた人物をあおる様な仕草と物言いとをしながら、信じられないような猛スピードで走り抜けていった。

 イヤホンを着けた人物は横前方から人間の様なが走り抜けて行った事に気が付かず、そのまま歩き続けた。


 イヤホンを着けた人物が夜道を歩いていると、すぐ目の前にが居た。

 それは人間の様だが致命傷を受けた様な外見をしており、皮膚ひふ腐敗ふはいして虫が湧いており、眼窩がんかは片方が空洞になっていて片方は変形した眼球がかろうじて収まっている形をしていた。

「見えてる? ねえ、見えてる?」

 イヤホンを着けた人物は斜め前方に人間の様なが居る事に気が付かず、そのまま歩き続けた。

 は「見えてる? 見えてる?」と尋ね続けたが、イヤホンを着けた人物が自分の声を聞いていない事、自分に視線をチラリともやっていない事を認めるとふわふわとした足取りで去って行った。


「いやー、疲れた、疲れた。夜のバイトは客が少なくて時給はいいが、何もしないできちんとしているってのは逆に疲れるな」

 イヤホンを着けた人物は家に辿り着き、誰に聞かせるでもなくボヤいた。

 イヤホンを着けた人物はイヤホンを携帯端末から外し、そこから上がり調子で間の抜けたコメディチックな音楽が聞こえた。携帯端末の画面では個人が動画投稿サイトを利用したチャンネルの生放送中で、様々な心霊しんれい現象げんしょうの体験談をチャンネルのオーナー扮するキャラクターが面白おかしく読み上げるという物。

『それでね、私、気が付いたんですよ。人間が殺される禁忌の部屋だって言うなら、訓練した犬とかドローンを使えばいいじゃないか!って』

「何バカな事言ってるんだ、この人は……」

 イヤホンを着けていた人物は心霊現象を面白おかしくこき下ろすという、番組のバカバカしい趣旨しゅしに苦笑いをしながら、内心では番組を大いに楽しんでいた。

「もっとも、うちは熱心ねっしんな信仰とか無いし、幽霊とか信じてないし、信じていないなら心霊現象なんて存在しないのと同じだと思うけどね」

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