第五百九十九夜『別にあんたのためじゃない-hello neighbor-』

2024/03/10「屋敷」「リンゴ」「静かなツンデレ」ジャンルは「純愛モノ」


 ある所にひどいへそ曲がりの人物が居た。

 そのへそ曲がりたるや、常軌を逸していると言っても過言でなかった。

「別にあんたのためじゃない」

 それが口癖くちぐせであり、日課。へそ曲がりはそう言って飢えている人に名乗りもせず、たまたま持っていたリンゴを与えた。

 へそ曲がりの言葉は半ば真実、半ばうそ。へそ曲がりは相手が可哀想だから施したのは間違まちがいではないが、しかし、その飢えている人個人にリンゴを施そうと思った訳でもない。単にその人が可哀想だと思っただけで、その人個人のためではないからこその「別にあんたのためじゃない」である。

 見返りの無い善行は天にとみを積む好意であり、天国に行くチケットのためであって真の見返りの無い善行等存在しないと言う人も居る。

 しかし、へそ曲がりのやる事はそうではない。何せへそ曲がりは可哀想だから施したのであって、天国に行きたいから施した訳では無い。


「別にあんたのためじゃない」

 ある時、へそ曲がりは熱中症ねっちゅうしょうの人の介抱をして水を飲ませた。


「別にあんたのためじゃない」

 ある時、へそ曲がりは旅人を自分の屋敷やしきに招待したり、或いは宿泊施設に案内をした。


「別にあんたのためじゃない」

 ある時は凍えている人に上着を渡してやった。


「別にあんたのためじゃない」

 ある時は病気の人に売薬を施した。


「別にあんたのためじゃない」

 ある時は事件の目撃者もくげきしゃになり、無罪の証言をした事もあった。


  * * *


「起きろ亡者、しかし静粛せいしゅくでいろ」

 ある時、気が付くとへそ曲がりは見知らぬ場所で居た。自分の目の前には天秤を手に持った光輝く存在が居り、ここがあの世で、天秤を手に持ったのは裁きつかさだと本能的に感じ取った。

 そして何より、へそ曲がりは亡者と呼ばれた事に内心大いに焦りを感じた。自分は命の執着がこんなにもあったのか! そう感じて心臓しんぞうがバクバク言う様で、目の前の裁き司の言動が上手く頭に入って来なかった。

「お前は生前、他人を助けては別にあんたのためじゃないと言って回っていたそうだな?」

「え? あ、はい、そうです」

 裁き司はこれ見よがしに天秤を掲げていたが、それは微動びどうだにしない。何せへそ曲がりは全く嘘をついていないのだから、裁き司の天秤が傾く訳が無い。

「つまり、お前は自己満足の為に他人を助けて回っていた、非常にワガママ極まりない人間だ。違うか?」

「い、いいえ! 私はそんな人間ではありません!」

 へそ曲がりは責められる様な口調で言われ、反射的にそう答えた。しかし、それが良くなかった。

 裁き司の持つ天秤は大きく傾き、へそ曲がりの言葉を嘘だと断じた。それもそうだ、へそ曲がりは見返りを求めずに自分の感情で動いていたのだから、少なくとも一種の自己満足だと言っても過言ではない。

「この嘘つきめ! 判決を下す! 貴様に相応しい報いとして、向こうしばらくの社会奉仕活動を命じる。以上、閉廷。速やかに退室する様に」

 裁き司がそう言うと、へそ曲がりの足元は崩れ、へそ曲がりは地上へと物凄ものすごいきおいで落ちて行った。


  * * *


「ううん、何か妙な夢を見ていた気がする……」

 へそ曲がりが目を覚ますと、自分の屋敷のベッドの中だった。

 何か酷く怖い夢を見ていた気がするが、詳細は思い出せない。何せ夢と言うのは往々にしてそう言う物だから仕方が無い。

「そんな事より、今日もどこかで誰かが困っているかも知れない」

 夢の内容を覚えてないのだから当たり前なのだが、へそ曲がりは特に何も思う事無く日課を行なう事とした。

 誰かに強制された訳では無いが、それがへそ曲がりの生き方なのだから仕方が無い。

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