第六百夜『誰も知らないその男-the King of monsters-』

2024/03/12「町」「ガイコツ」「冷酷な記憶」ジャンルは「ギャグコメ」


「誰か助けて!」

 町は今、怪物におそわれていた。怪物と言っても、それはジェヴォーダンの獣の様に正体不明の怪物でもなく、されどチンパンジーのブルーノの様に現実的な脅威きょういでもなかった。

 怪物はドラキュラだった。いや、ドラキュラとは個人名なのだからそれは誤りだの、いやいや、ドラキュラはそもそも竜の子と言う意味なのだから個人名ではなく肩書に過ぎないだの、そんなくだらない事はどうでもいい。映画で見る様なドラキュラ伯爵はくしゃくがその場に居た。

 ドラキュラは大仰な仕草でマントを広げ、高笑いをしながら獲物えものを前に高笑いをしており、その足元には女性が腰を抜かして固く目をつむっていた。

 その時の事だった。獲物に噛みつかんとするドラキュラと女性との間に、何かが割って入った。割って入ったのは袈裟けさ姿すがたの人物で、手には錫杖しゃくじょうを握っており、もう片方の手には白木の杭があり、ドラキュラの心臓しんぞうの有るべき場所に深々と刺さっていた。

「え? あ? あ?」

 ドラキュラは自分の身に起こっている事が信じられない様に目を白黒させ、袈裟姿の人物はドラキュラの狼狽ろうばいを尻目に錫杖の石突いしづきで彼を突き飛ばし、ドラキュラはむねに杭が刺さった状態じょうたいで川へと真っ逆さまに落ちて行った。あの様子では、かのドラキュラ伯爵でも助かるまい。

 何せドラキュラなんてものは、日光だの聖水だの流水だの十字架だのニンニクだの、弱点が誰も彼もに知られ尽くされている。弱点を周知されている怪物の末路だなんて決まりっている。

「あの、ありがとうございました」

 そう言って危機的ききてき状態じょうたいにあった女性は、自分を窮地きゅうちから救い出してくれた人物の顔を見ようとした。しかし逆光のせいか顔は全く見えなかった。

 危機的状態にあった女性だが、まばたきをすると目の前から袈裟姿の人物は消えていた。まるで最初からその場に存在しなかったかのように、煙一つ残さず消えていた。

「今の、一体何だったの……?」

 女性はただただ、その場で呆然するだけしかなかった。


 この様な事は一件ならずあった。

 町の南でフランケンシュタインがあばれている! いや、フランケンシュタインとはフランケンシュタインの怪物を創り出した科学者の苗字あって、フランケンシュタインの怪物の名前はフランケンシュタインではない。いいや、フランケンシュタインの怪物は作中で自分をフランケンシュタインの子だと自称していたのだ、フランケンシュタインを姓に名乗るのは自然な事だろう。いやいや、そんな事はどうでもいい。

「フンガー!」

 ところでフランケンシュタインの怪物は動きが鈍いという事は無く、頭が鈍いという事も無く、力は強くて頭も良く、手先は器用で足も速い。ただ、人とコミュニケーションが取れない事と外見がみにくい事が欠点なだけだ。故にフランケンシュタインの怪物は唸る事自体はおかしくはない。

 即ち、ドラキュラが弱点を周知されているのと同様に、フランケンシュタインの怪物は喋る事が出来ないからフランケンシュタインの怪物なのだ。

 フランケンシュタインの怪物は道を練り歩き、近隣きんりんの住民は恐れおののき逃げ惑い、或いは恐怖で縮こまっていた。何故ならフランケンシュタインの怪物とはそういう物だからだ。

 そこに颯爽さっそうと袈裟姿の人物が飛び込んで来た。

 袈裟姿の人物はフランケンシュタインの怪物のあごを拳で打ち、腹部にひじちを喰らわせ、腕を掴んで地面へと投げ伏せた。

 一説によるとフランケンシュタインの怪物はその最期、フランケンシュタインと相打ちになったと言われている。人間の手で殺せると明言されている怪物なのだ、人間の手で殺されるのは道理である。末路や対抗神話が語られているという事は、血は流れるし命を落とすという事に他ならぬ。

 恐怖で縮こまっていた人達は大きな物音がしたのを聞き、おずおずと顔をあげて袈裟姿の何者かの姿を確認したが、しかしその顔は逆光のせいか全く見えなかった。

 縮こまっていた人達がまばたきをすると、目の前から袈裟姿の人物は消えていた。まるで最初からその場に存在しなかったかのように、煙一つ残さず消えていた。

「今のは一体……?」


 この様な事はこれだけではなかった。

 ドラキュラ、フランケンシュタインの怪物と来たら、次は人狼が出ると決まっている。

 しかし人狼と言っても多種多様、単純に屋外で出現する障害であり、人間に化けて真夜中に正体を現して隣人りんじんを殺す脅威きょういであったり、自覚症状の無い多重人格の様なものであったりする。変身の度合いも、オオカミそのものになるもの、人体の輪郭を保ったままオオカミの様になるもの、毛のないオオカミの様な何かになるもの、神経が過敏かびんになって水を恐れてあばれる病がそう称されるもの……

 このケースは上記のどれでもなく、上記のどれでもあった。即ち、一人でいる人間が突然光という光全てが目に突き刺さる様な感覚を覚え、目を強く瞑ったが、しかしそれでも光が目に刺さる様な感覚は止まない。こうしてその人がうずくまって暴れる内に目は血走り、口からよだれこぼれ、かみは乱れた。

 この場に目撃者もくげきしゃが居れば、人狼だ! と大いに叫んで言いふらしただろうが、幸か不幸か目撃者は居なかった。

 人狼らしき人物が苦しみ悶えていると、その場に影が差す様にヌッと袈裟姿の人物が現れ、何か石の様な物二つを連なって投げた、ボーラだ。

 ボーラを形成する石二つは人狼らしき人物を拘束する様に巻きつき、しばり上げ、人狼が縛られたのを確認すると、袈裟姿の人物はふところから何かの注射器を取り出し、人狼に打った。

 するとみるみる内に人狼らいしき人物は沈静化し、正常に意識いしきを取り戻した。

「どなたか存じませんが、ありがとうございました!」

 人狼らしかった人物は頭を下げ、それから顔を上げたが、袈裟姿の人物の顔は逆光で見えなかった。

 そして人狼らしかった人物がまばたきをすると、目の前から袈裟姿の人物は消えていた。まるで最初からその場に存在しなかったかのように、煙一つ残さず消えていた。

「一体何が何だったんだ……?」


  * * *


「なあ知ってる? すっごく強いお坊さんの話」

「知ってる、知ってる。ドラキュラやっつけた人でしょ?」

「違うよー、おれが聞いたのは幽霊ゆうれいたおした話」

 町で子供達が噂話うわさばなしをしていた。内容は、袈裟姿の怪人物が怪物を鎧袖一触がいしゅういっしょくして回るという物。理由は知らないが、とにかく強く、それでいて無口な人物だという話だ。

「強いお坊さんだけど、強い以外に何か無いの?」

「知らねー、お坊さん本人に聞けよ」

 子供達は袈裟姿の人物の喋る内容であったり、弱点であったり、正体を知りたがるが、誰も何も知らない。

 何故なら怪物とは喋らず、正体不明で、不死身で、理不尽で、理解不能でなければ務まらない。噂話で弱点が流布する様では、怪物として二流と言わざるを得ない。

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