第五百九十八夜『不快で邪悪な冷めた事件-Maneater-』

2024/03/09「草」「犬」「最弱の運命」ジャンルは「ギャグコメ」


 畑の近くで惨殺死体ざんさつしたいが見つかった。

 遺体いたいは無数のナイフで何度も刺された様に見えて、はげしい私怨による殺人ではないかと推測された。

 そして必然的に、この事件の第一発見者が重要参考人として連行された。


「お前がやったのは分かっているんだぞ! いいからとっとと吐くんだ!」

「ですから、うちの近所の畑に人が倒れていたから通報しただけですってば!」

 取調室ではその様な怒号が挙がっていた。何せ創作に登場する警察官けいさつかんとは死んだ方がスッキリする様な邪悪な無能か、主役を食いかねないカッコイイ有能な義士ぎししか居ないのだ。故にこの様な無能で役立たずで他人の話を聞かない給料泥棒が取り調べを行っているのは当然の事だった。

 その時の事だった。警察官の無線機むせんきに連絡が入り、彼はこれを手に取った。

「もしもし? ええ? それは本当か? 目撃者もくげきしゃが居たと言うのは間違まちがいないんだな?」

 悪い警察官は無線機の通信を切ると、発見者の方を向き態度たいどを改めずに言った。

「よし、お前はもう行っていいぞ」

 発見者は気分を害した様な態度を隠そうともせず、取調室から出て行った。


 さて、目撃情報が提供されたが、しかし事件は好転しなかった。なんと目撃者はサメが被害者をおそったと情報提供がなされたのだ。

 こうなると情報提供者の正気を疑うべきかも知れず、警察官が麻薬中毒者かと疑ったのだが、更なる情報提供がなされた。なんと目撃者は当時車に乗っており、ドライブレコーダーに一部始終が映っていたのだ。

 警察官が映像を観てみると、なるほど映像は遠いが、サメの様な何かが人間を襲っている様に見えた。

「確かにサメが人を襲っている様に見えるな」

「しかし、これではまるで出来の悪いサメ映画……サメ映画の撮影さつえいにかこつけて殺人を決行した様に見えるな」

「そもそもこれは本当にサメか? 本物のサメの様には見えないが」

 実際にサメの歯を用いた武器は存在するし、サメのアゴを凶器に加工した猟奇殺人だと断定する形で捜査を行なう事は出来よう。しかしこの出来の悪い、わざとらしいサメによる殺人をどう捜査すればいい? いや、被害者をサメ映画の撮影だとだまして実際に殺害したかどで捜査を行なうしかないだろう。何せ畑にサメが出るなど、誰も信じない。


 捜査は呆気なく終わった。現場の近くに、サメを崇拝するカルト教団があったのだ。

 曰く、連中が信奉するカルトの教義は、サメが世に満ちて霊長として地上の覇者はしゃになる未来が近い内に必ず訪れるであろう! との事で、その障害になる人物はサメの牙やあぎとを模した本物のサメを素材とした短剣やハサミをもって退けねばならず、それこそが軟骨魚類の士師としての努めだと言う。

 これには事情聴取を行った警察官達も眉をひそめて頭を痛め、更にはサメカルト教団の人々が友好的に証言を行った事にも不可解ふかかいに思っていた。

「あーつまり、君達は教団の妨げになる人間が居たら、殺人も辞さないという事だな?」

「ええ! 我々はきょうだいに害するもの、信教の自由に唾するものには決して負けません故!」

 質問する警察官に対して、サメカルト教団の人間は快活に答えた。

「よし、決まりだ、貴様らを連行する。悪事をはたらいておいて、逃れられると思うなよ!」

 警察官は喜び勇んでサメカルト教団の一員にワッパをかけた。しかしサメカルト教団の一員はあわてずさわがず、平静へいせいに反論した。

「待ってください、お巡りさん。確かに、我々は明確な障害が現れたら武器を手に取る原理はあります。しかし、幸いにも我々はこれまで外敵とは話し合って解決が出来ました。人間話し合い続ければ必ず分かり合うが出来るのですから」

 しかし警察官は話を全く聞かない。この容疑者をとっとと豚箱にぶち込む事しか頭に無い。

「へーそうかい、言い訳は署でするんだな」

「何せ我々は儀礼用ぎれいようの武器こそ用意しましたが、幸いにも誰かを殺害した事はないのですから」

 その時、件の畑から水音がした。それもシャチかクジラの様な大型海洋生物が水面からジャンプした様な音だ。

 警察官はハッとし、青ざめて畑の方を向いたが、その場には何も居なかった。

「今、畑で何かありませんでした?」

「うるさい、お前らは黙って署まで来い!」

 警察官はサメカルト教団の人々を輸送車に詰め込み、畑の水音を聞かなかった物として処理した。

 何せ畑で人がサメに襲われたなんて事を認める訳にはいかないし、この手の創作の警察官は無能と相場が決まっている。ならば警察官はサメの事を一笑に付し、淡々と仕事をするしかない。

 警察官は土中にサメが居ると言う疑念を無い物とし、輸送車を走らせた。


 ところで、クリーチャー映画では無能な警察官やそれにるいするキャラクターをサメのエサと呼称するが、彼は特にそれを気にする事もなかった。何せ彼は創作に登場する無能な警察官なのだから。

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