第五百九十五夜『トマトを安く運ぶ方法-fruits basket-』

2024/03/06「音」「リンゴ」「きわどい城」ジャンルは「指定なし」


 はるか遠くに真っ白い城壁じょうへきが見える真っ直ぐの道を、幌付ほろつきの車が走っていた。車の運転席には短筒を下げたせぎすの男が、助手席には歩兵用の剣を少し背の低い亜麻色の髪の毛をふさにした女性が乗っていた。

 短筒男は右手でハンドルを、左手で何か果物の様な物を握っている。剣を佩いた女性は両手でトマトを持っている

「突然だが、トマトって野菜だと思う? それとも果物だと思う?」

 短筒男の質問に対し、剣を佩いた女性は微塵みじんも悩まずに答えた。

「野菜でしょ? 野菜売り場で売ってるし」

「オーケー、じゃあ何でトマトは野菜に分類されてるか知ってる?」

「えっ? それは知らない」

 剣を佩いた女性は、そんな事も考えた事が無かったという様子で即座に白旗を挙げた。

「それはな、最初にトマトを野菜と認定した人が、果物なら関税がかかるが野菜ならかからないと考えたからだ」

「え? そんな理由? じゃあトマトは本当は果物なの?」

 剣を佩いた女性は心底おどろき、これまでの固定概念が音を立てて崩れ去ったかの様な表情を浮かべた。

「ああ、そうなる」

 短筒男はそう答えると、左手に持った何かの果物の様な物を音を立てて咀嚼そしゃくした。

「ところでさっきから思ってたんだけど、それは一体何?」

 剣を佩いた女性の関心は、短筒男の左手の果物の様な何かにあった。一見トマトの様だが、形状はひょうたんに似てが生じており、キュウリの様にイボの様なトゲの様な物が表面にと見られ、先端にはズッキーニの様なとブドウの様なツルが見られた。

「ああ、これ? って果物」

「ごめん、今なんて言った?」

「イムァクアンガエッタ―カクノフルウツ」

「……どんな果物なのそれ?」

「イムァクアンガエッタ科、カクノフルウツぞくの植物で、ヨソカライデアパクゥタ目に属している」

「……美味しいの、それ?」

「何というか、言葉では表現しがたい。妙に歯ごたえがあって、果汁は多いが渋くて後味が悪いし、それに加えて何だか味が灰汁あくっぽくて舌の根に苦い感じが残るな。あと汁気が多いとは言ったけど、味がくて果汁がくどい感じがするせいでのどの渇きがいやされる感じもしない」

 短筒男の表情は渋く、淡々と表現しているものの、うそは感じられない。

「つまり、マズイの?」

「うん、マズイ」

「いや、何でそんな果物? 果物かどうか定かじゃない物食べてるの?」

 剣を佩いた女性は呆れた様子で質問をする。

「うん、これな、なんとお値段一つあたり十五ネイ! これを三十個買っても、ワンコインランチプレートより安い、お求め易い価格となっておりまーす」

「でもマズイんでしょ?」

「うん、マズイ……」

 短筒男の言葉には活力が感じられず、後悔の念とか自責の念とか、ともすれば自暴自棄じぼうじきすら感じられそうな意気消沈そのものだった。

「捨てちゃえば? そのイマカンガエタ何とかっての」

「それがな、この果実はどんな環境でもグイグイ育って実を着け、つまりは他の野菜や果物を環境から駆逐くちくする最悪の外来種がいらいしゅになるポテンシャルを持っているらしい……」

 泣きそうな顔になりつつもイムァクアンガエッタ―カクノフルウツをかじる短筒男に対し、剣を佩いた女性は呆れ果てて絶句した。

「ユウも食べる? イムァクアンガエッタ―カクノフルウツ」

「いや、うちはトマトでいいかな……」

 そう言って剣を佩いた女性は手に持ったトマトにかぶりついた。トマトはよくれていて、噛みついた所から果汁が染み出し、口腔こうくうに甘酸っぱい味がいっぱい広がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る