第五百九十四夜『生命線が細く、運命線も非常に薄いです-reversed the DEATH-』

2024/03/05「雷」「車」「バカな殺戮」ジャンルは「偏愛モノ」


「いや、信じられません。あなた、これまでよく生きて来れましたね! この手相には全然生命力が感じられない!」

 地下街の一角、占い師がひど興奮こうふんした様子である若者の手相を見ていた。

 ともすれば、この後幸運の壺だの魔除まよけの塩だの退魔のキーホルダーだのを売りつけそうな雰囲気ですらあるが、別にそんな事は無い。この占い師は自分の仕事に真面目で熱意ねついがあるだけである。

 しかし、当の占われている側はきょとんとしている。

「そうですか? 私はそうは思いませんが、そんなにひどい物ですか?」

「酷いも何も、この生命線の細さ! 今この場で、何かの発作や事故で死んでも不思議ではありません! それに見てください、あなたの運命を表わすカードは逆位置の運転手、落雷、逆位置の時計、逆位置の獅子ししと女性、そして死! どれも事故や不運を表わすカードです」

 占い師は手相を絶対的な傾向のバロメーターであると信じていたし、カード占いは解釈かいしゃく次第であってバロメーターでこそあるものの絶対だと思ってはいなかった。

 しかし、この様に不運のカードばかり引くとなると、運が悪い人間か不運を不運と思わぬ人間としか思えない。

「えっと、私は占いには詳しくないのですが、カード占いって同じ結果でも占い師さんで読み方がちがったりするんですよね? それってそれほどに悪いんですか?」

「悪いも何も! 落雷のカードは、解釈の余地が無い大凶です。強いて言うなら、災難さいなんうけど上手く切り抜ける……等でしょう」

「そんな物ですか」

 しかし、それでも占われている側は相も変わらず剣呑けんのんな顔をしない。

「ええ、そんな物です。例えばこの逆位置の運転手のカードですが、あなたは近い内に自動車事故に遭って跳ねられると出ていて……」

「ああ、丁度昨日自動車事故に遭いました」

「なんて?」

 おどろく占い師を尻目に、占われている側は滔々とうとうと語る。

「ええ、青信号の歩道に自動車が突っこんできまして、それで跳ねられたのですよ。でも、打ちどころが良かったのと、跳ね飛ばされた先が落ち葉の山だったのと、特に大きなケガはしませんでした。」

 これには占い師は絶句。しかし、一瞬いっしゅんの内に自分の占いが正しいと思い直し、散漫さんまん状態じょうたいから覚醒かくせいした。

「おほん、一般的には落雷のカードは事故や事件を表わしております。例えば落雷事故その物を表し……」

「ああ、それなら先週に落雷事故にも遭いました」

「なんて?」

 占い師は再び絶句した。占いが当たる当たらないと言うより、次から次へと意表を突かれた気になって、気が気ではない。

「この間、木下で雨宿りをしていたら雷が落ちて、危うく木の下敷したじきになる所でした。木の倒れて来た方向がたまたま良かったものの、あとちょっと角度が違ったら死んでいたと思います」

「そ、そうですか……占いは以上で終わりです」

 占い師はこれ以上の話をする必要は無いと感じ取り、カード占いの結果の話を切り上げる事にした。何せ自分が何を言っても、知っていますの一言で返される様な気がするのだから、そんな気持ちにもなる。

「しかし、本当に珍しい手相です。まさしく死神に魅入みいられているとでも言う様な……」


 生命線の細い人の周囲には九つの黒い影があった。生命線の細い人も、占い師も、周囲の人達も黒い影には気付いていない。

[お前今度は余計な事をするなよ]

[ふざけるな、お前が邪魔じゃましているのだろうが]

[うるさい、私の計画を妨げやがって!]

 黒い影は死神だった。死神は死神なので、生命線の細い人を死に追いやる積もりだったのだが、これがダブルブッキングならぬナインブッキング。

 ある死神は自動車事故を誘発させようとするが、他の死神が自動車事故は自分の管轄かんかつでないし、何より自分の仕事をうばわれてはたまらないと死神八人で全力で妨害する。

[そもそもなんだ、真夏の屋外で凍死させるだなんてバカなプランがある物か!]

[やかましい! 凍死をバカにするな! 凍死はメジャーな死因だ、人間は凍死と言う言葉を忘れてみろ、世界は滅茶苦茶めちゃくちゃになるぞ!]

[そんな話はしていない! なんで、炎天下の外で凍死させようとする? そんな物失敗するに決まっているだろう!]

[黙れ! お前の心不全だの心臓病しんぞうびょうに比べればマシだ、そんな地味で死神とは思えないやり方は前から気に入らなかったんだ! 見て見ろ、俺らが妨害をせずとも、人間の手で蘇生そせいされちまう。即死させないなんざ、死神の手段としては当の昔に時代遅れなんだよ!]

[病死や心臓死のどこが死神らしくないんだ? こちとら由緒正しい、教科書や古典に乗る様な仕事だぞ!]

 いつもこんな調子、おかげで生命線の細い人は死神に魅入られてこそいるものの、いつまで経っても命を落とさない。

 しかし、当の本人はそんな事もつゆ知らず、呑気に占い師と言葉を交わしてる。

「でもそれは違うと思います。私は毎回寸でのところで命拾いをしているので、死神にりつかれているんじゃなく、それはきっと守護しゅご精霊せいれいとかですよ、きっと」

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