第五百九十三夜『ギルガメッシュ大王の偉業-BURN THEM ALL!-』

2024/03/03「神様」「コーヒーカップ」「壊れた遊び」ジャンルは「邪道ファンタジー」


 昔々、ギルガメッシュという王様が居た頃の話。

 彼は神話の終わりに相当する時代の人間であり、貴金属の時代と鉄の時代の間、英雄の時代を生きた人物であった。

 まだ彼の時代、バビロンは樹海の様であり、人々が住むためには開拓の必要が現実問題として面前に迫っていた。

 それなら木々を切り倒し、土地を拓き、家を建てればよいだろうが、言うは易し、行なうはかたし。バビロンの森には恐ろしい野獣やじゅうの数々が居り、ギルガメッシュは臆病風おくびょうかぜに吹かれてしまい、その森を制しようとはしなかった。

 しかしこれを良く思わない一団が居た、バビロンの神々である。

 バビロンの神々はギルガメッシュが林業を行なう様に勇気づけたが、ギルガメッシュの忠臣とも親友とも言われる野人エンキドウが開拓を止める諫言かんげんを呈する。

「それはよくない、友として忠告させてくれ。あの森を伐採するなら、森の獣は必ず君を外敵として認める。あの森に人の住処を造ろうと言うなら、森の獣は必ず人々をおそう。あの森の獣を退治すると言うなら、森の獣は必ず復讐ふくしゅうする」

 しかしギルガメッシュは大王なのである。王とはつまり、神に権利を授かった存在であり、神々がそうしろと言われたらそうせざるを得ないのである、そうでなければリコール物である。

 神と民の板挟みなのが、この時代の王なのである。

 そして何より、ギルガメッシュは一度臆病風に吹かれて諦めかけていた。

 その状態じょうたいから奮起ふんきしたと言う事は、勇気を出したり引っ込んだりする事であって非常に居座りが悪い。振り上げた拳をそのまま下げる行為であり、抜いた矛を収める事であり、吐いたツバを口に戻すのに等しい。

「くどい! 俺は一度、あの森を拓く事業をすると決めたのだ! 森の獣が恐ろしいと言うのならば、お前は都に居れば良い。お前の昔の居に攻め入るのが忍びないと言うなら、お前の知らぬ場所で俺が手を下そう」

 決意らがぬギルガメッシュを見て、エンキドウは諫言を呈するだけ無駄むだだと悟った。

「分かった。君がそこまで言うなら止めない、それから君が死地に赴くのを指くわえて見ている訳にも行かない。生きるも死ぬるも同行しよう」


 ギルガメッシュは勇気をしぼませるひまも無く、すぐに体制をととのえてエンキドウに加えて五十の武装した兵士を連れてレバノンの森へと向かった。

 レバノンの森へ辿りついたギルガメッシュ一同は早速レバノン杉の伐採を始めるが、エンキドウの言う通り、これを良しとしない森の獣達がギルガメッシュ達に襲い掛かる。

[一体誰が、我々の森へ立ち入って来た? 一体誰が、我々の森をこわしている?]

 現れたのは森の獣を束ねる怪獣。怪獣は唸り声を挙げて威嚇いかくし、兵士たちは怯え、エンキドウは彼等の間に割って入った。

[その人間共を我が森まで連れて来たのは何故だ? お前はこちら側の生き物では無いのか? お前は人間になってしまったのか? よそ者である人間共の味方になると言うのか? く引き返せ、今ならお前の顔に免じて許そう。もし食い下がらないと言うのならば、我々はお前達ののどこうべとをんで殺し、地と空の仲間に喰わせよう]

 しかし、エンキドウはギルガメッシュが揺るがない様に揺るがない。怪獣の申し出に唾を吐き、ギルガメッシュと共に斧を振り回す。

 怪獣や獣達も力の限りあばれたが、何せギルガメッシュは黄金時代に近い王、神命をたまわった軍が負ける事は許されないし、加えて彼の右腕はこの森で生まれて育った野人、森の獣相手に分が悪いと言う訳ではない。

 かくしてギルガメッシュの軍勢ぐんぜいに何度も斧を振り下ろされ、いくつも命を持っているのかとすら思えた怪獣も遂に断末魔だんまつまの叫びを挙げて絶命した。

[おのれ人間! おのれエンキドウ! 木々を伐採する人類め、呪われてしまえ! !]

 怪獣が倒れると、獣達は群が壊滅かいめつした事を悟って散り散りになった。

 群を形成する動物は、はぐれてしまったら表立って狩りをする事は出来ない。


  * * *


 それから五千年の時が経過した。

 街を行きかう人々は目を赤くし、マスクやスカーフではなおおったり、鼻をすすったり、くしゃみをしながら歩いていた。

「ぶえっくしょん!」

「おう、お前も花粉症か? この時期は本当に辛いよな」

 そう質問された男は、苦悶くもんの色を隠そうともせず、声にも苦痛をあらわにしながら返した。

「ああ……スギの花粉には本当に困ったよ。何なんだろうな、アレ? 悪魔が開発した、人間を苦しめるための生物兵器だと言われても信じられる」

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