第五百九十二夜『地獄の皇帝陛下の御成り-The road to hell is……-』

2024/03/02「天」「十字架」「おかしな子供時代」ジャンルは「指定なし」


 ある所にカエサルと言う男が居た。

 カエサルと言っても皇族と言う訳で無し、ついでに言うと料理人でもない。たまたまそう言う名前なだけ。

 カエサル少年だが、彼は自分の生活に不満を持っていた。彼は物心ついた頃から世間の事がきらいで、家族の事が嫌いで、人付き合いが嫌いで、隣人りんじんの事が嫌いで、家族や他人の前で良い子を演じている自分が嫌いで、何よりも世界の事が嫌いだった。

「こうなったら、俺は悪徳の限りを尽くして世に仇してやる!」

 そう大層たいそうな野望を抱く程度に荒んだクソガキ、それがカエサル少年であった。

 そうと決まっては、カエサル少年は己をきたえ始めた。何せスリや万引きで捕まり、自分は世に仇なす存在だ! と喧伝しても、つまらない犯罪者の戯言たわごと一蹴いっしゅうされてしまう。まずは、そう簡単には捕まらない様な俊足をモノにしなければならない。

 そもそも、スリや万引きだけでは悪徳の限りを尽くしたとは全く言えない。勿論窃盗せっとうは立派な犯罪だが、彼の目的はあらゆる悪徳の限り、窃盗しかしない犯罪者を目指している訳では無い。

 犯罪者として報道されるだけならば、火事でも起こせばいい。ヘロストラトスの如き醜悪しゅうあくな犯罪ならば、例えアレクサンダー大王が緘口令かんこうれいを出そうとも人々の口を止める事を出来ない。

 しかし、カエサル少年の理想は悪徳の限り。放火の他、親殺しや現役政治家の暗殺を実行するのは魅力的みりょくてきだが、一犯をはたらいただけで捕まってしまうのはお粗末に過ぎるし、何よりも本末転倒。国中で連日犯罪騒ぎが起こり、誰も尻尾を掴めぬ実行犯が自分だと言う状況こそ好ましい。


 しかし、カエサル少年の前に大きな問題が浮上した。

 別に盗みも殺しも放火も別にいい。全裸で商店で強盗をはたらき、逃げる途中で犬を蹴飛けとばし、全裸なのでついでに私有地に小便をかけてやればいい。こうすれば強盗、公然わいせつ、動物虐待、軽犯罪、恐らく器物損壊も果たせるだろう。

 彼は船乗りでないし、船乗りの家系でもなければ船も持っていない。つまり密漁の罪を働くのがむずかしい。

 それだけならば、犯罪行為で軍資金を稼いで船を買えばいいだろう。しかし、どうしても働くのが難しい犯罪が少なからずあった。

 まず収賄しゅうわいざいの要件を満たすには、公務員である必要がある。公務員でなくとも収賄の罪に問われる事はあるが、どの道権力者でなければ収賄罪に問われないのが実情だ。国や権力者から統治を任せられなければ、黄金色のお菓子は送られないのである。

 収賄罪だけでなく、売国の罪も難しい。事実として、売国の罪はテロ組織そしき誘導ゆうどうするだけでは成立せず、政治家や軍の高官でなければチンケな一犯罪者で済まされてしまう。

 多大な被害を与えても小物な犯罪者としか認知されないのでは、それはカエサル少年の野望はたされない。まず、彼は立派な犯罪者になるべく、犯罪を好きなだけ起こせる身分になるべく政治家を目指すべく猛勉強をした。

 しかし、これは言うまでも無く茨の道。コネも無く、独力で政治家を目指すのは途方の無い努力を要する事だし、何より大犯罪を働く前提なのだ、誰からも悪い事をしない様な印象を与える善性の塊に見えなくてはいけない。

 しかも、ただ政治家として当選とうせんすればいいと言う訳でもない。大犯罪の限りを起こして収賄や売国を果たすのであれば、野党の一党員であってはいけない。鶏口けいとう牛後ぎゅうごとは言うものの、与党の有力ゆうりょく議員ぎいんにならなければ話にならない。

 しかし与党になれば終わりという訳でも無く、既にある与党に入っても前にならいを強制されるばかりやも知れぬ。やはり自由に自分で動いて犯罪を働くならば、新党を立ち上げて権力を勝ち取る方が都合も良い。

 こうしてカエサル氏は労働者の為の新党を立ち上げて党首となり、民衆の賛同さんどうを勝ち取った。しかし彼は未だ新党野党の党首でしかなく、国会で党の力を高める為に更なる努力をせねばならない。何せ、ポッと出の新党のリーダーでは、国を壊滅かいめつさせる様なクーデターは主導では起こせない。

 カエサル氏は今日も民意を反映させ、与党相手に大立ち回りを演じ、民衆の為になる議題ぎだいを叩きつける。何せ民衆なり国なりが富めば富むだけ、自分の盗む対象が豊かになるのだ、仕事に対する情熱も士気も高くなる。

 しかし時々、彼は自分で自分が何のために出世を目指して仕事をしているのか全く分からなくなるのだ。

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