第五百八十五夜『本の虫達-Apocalypse Far-』

 2024/02/22「黄色」「悩みの種」「きれいなカエル」ジャンルは「童話」


 あるところに紙の書籍しょせきが好きなものと、電子書籍が好きなものが居た。

 片や紙の書籍を好んで電子書籍はおもむきが無いと言い、片や電子書籍でなければ手に取る気がしないと言う。両者は常に平行線で、線と線が全く触れ合わない。

「うん、やっぱり電子書籍なんかより紙の本の方がずっと良い」

「いやはや、電子書籍の心地たるや紙の本とは全くの別物!」

 こんな調子で互いに全然意見がちがう。もうこうなると、相手がこちらの意見を貶めてはいるものの「アイツは話が通用しないから、関わるのは辞めにしよう」となる。

 しかしここまで意見の食い違いがあるのはまだしも、紙の書籍にこだわる事、電子書籍にこだわる事は人間にはそうそう無い。何せ片方は紙の書籍以外は完全に眼中に無いし、もう片方は完全に紙の書籍が完全に眼中に無い。

 本の虫と呼ばれる人間ならば、普通は紙の書籍も電子書籍も読むものだろう。書籍によってはどちらか片方しか読めない物もあるし、特典が付いたり発売日が異なったりするのだから、そうなるのが普通と言う物だ。

 しかしこの両者は全くそんな事は無い。片方は本当に電子書籍には全く寄り付かないし、もう片方は本当に紙の書籍に食いつかない。普通の人間ならば考えられない。


 ある日の事、両者に災難さいかんが起こった。いや、両者は専ら好む物も場所も違うのだから、バラバラにたまたま同じ日に災難にったと言う方が適当てきとうか。

「今日は空気がジメジメしているな。こんな日は、やっぱり紙の本にかじりついて過ごすに限る」

 その時であった。突如紙の本の虫は何者かに、何かの薬品を顔面にかけられてしまった。

「がはっ!?ぐほっ!?」

 余りにも突然の事で、更にはかけられた薬品が毒性の強い物だったらしく、紙の本の虫はむせ込んで何も言えない。いや、それどころか息が出来ない! 皮膚ひふと言う皮膚が毒薬を吸い上げて、全身の呼吸こきゅう機能きのうが毒になってしまっている。

 紙の本の虫は咳き込むだけ咳き込み、毒薬のせいで死んでしまった。


「今日も絶好のネットサーフィン日和。どこかに何か面白い文章は落ちていないだろうか?」

 電子書籍の本の虫は紙の本の虫の不幸などつゆ知らず、今日も普段通りの生活を送っていた。

「おお、このノベルゲームは良さそうだ!」

 その時だった。電子書籍の本の虫の身は何者かに一瞥いちべつされたかと思うと、次の瞬間しゅんかんにはものすごいいきおいで火が投じられた。

「………ッ!?」

 火が投じられと言っても、映画やドラマでよくある様に油を浴びせられてやされた訳ではない。かと言って可燃物質を浴びせつつ炎を吐く様な兵器で攻撃こうげきされた訳でも無い。炎のかべが生じたかと思うと、炎は電子書籍の本の虫を丸呑みにしてしまったのだ。

 もうこうなると、被害者は文字通りの地獄じごく。全身が燃えていると言う事は口を開くと肉体の内部に炎が回って口腔こうくうや肺が燃えると言う事であり、口を開く事が出来ない。口を開かずともはなから炎は回って肉体の内側が燃えてしまうし、一刻も早く消化しなければならない。その上、全身の肉体が炎によって変質するのだから苦痛は想像を絶する。手指の狭い範囲はんいひど火傷やけどをしただけでも激痛げきつうなのだ、それを超越した激痛が全身を走り続け、正常な判断など出来る訳が無い。

 理屈の上では、人間は火が点いたならば転がって鎮火ちんかするのがよいだろう。しかし全身火だるまになってる状態じょうたいで地面を転がる判断が出来るもの等そうそう居ない。

 結果から言うと、電子書籍の本の虫は炎の壁で燃やされ、一瞬の内に燃え尽きてしまった。まるで炎上する調理器具の上で肉があっと言う間に炭になってしまったかの様だった。


 コンピューターの画面に、魅力的みりょくてきなフリフリとした白が基調で黒い羽根の様なドレスを着た、みがいた黒曜石こくようせきの様な綺麗きれいな肌の少女がゆらゆらと身体を揺らしながら野太い男声で雑談をしていた。

 少女はいわゆるバーチャル配信者で、ガワは動作に合わせて動く美少女、音声は自前の男声と言うカラクリだ。

「それでさー、俺はこの間持ってたマンガとか小説を全部虫干ししたの。大分前の事だけど、本から虫が出て来た事がトラウマだからね。お前ら紙魚シミって知ってる? 本を喰っちゃう虫……そうそう、古本屋で買った黄色く変色してる本とかにたまに住んでる奴! さすがリスナー、俺の次にかしこいね!」

 彼が配信をしている最中に、何かのデータ添付された電子メールがうらで届いていた。しかしそのメールに添付されたデータは危険だとコンピューターが判断し、ファイアウォール炎の壁がメールを遮断しゃだんした。

「俺、本当に虫がきらいだからさー今では玄関にハーブを置いてるの、虫除けのハーブ。これで俺の本に悪い虫が寄り付く事は絶対に無いね!」

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