第五百八十四夜『ドングリを撒く人達-Wandering Monster-』

2024/2/21「夕日」「カブトムシ」「ねじれた流れ」ジャンルは「ミステリー」


 まだ空が赤くて明るい時刻、ある山道に二人の男がまるでサンタクロースの様に大きな袋を担ぎながら歩いていた。

 二人の担いだ袋の中身はドングリで、二人はドングリをそこら中にいては歩き、そこら中に撒いては歩いていた。

「なあ、これって一体何の意味が有るんだ?」

「なんだお前、依頼人の話聞いてなかったのか?」

 質問をした方の男の言葉に、質問をされた方の男は呆れた様な様子の声を挙げた。

「これは冬眠から目覚めたクマが人里に降りないように、ドングリを撒く仕事だって話になっている」

「……なっている?」

 質問をされた方の男の物言いに、質問をした方の男は怪訝けげんな物を覚えた。

「ああ、野生の熊にえさをやると言う行為だが、大抵の場合は人間が望んだ様な結果にはならん」

「そうなのか? じゃあこの仕事って意味が無いんじゃないのか?」

 質問をした方の男は、重そうな袋を軽く叩き、うんざりとした表情を浮かべた。

「いや、意味ならある。それよりまずは野生の熊に餌をやると起こる事だが、これは栄養が十分だから頭数が増えて、結果として翌年の獣害が増えると言われている」

「ふんふん」

「第二に、人間の臭いの付いた餌を食べた熊は人里に降りれば餌にありつけると言う発想をする様になる」

「うげっ! マジか?」

 質問をした方の男は苦虫をつぶした様な顔をし、周囲を見回した。

「そんな神経質になるな、通常の熊は人間を未知の恐ろしい生物と認識にんしきしていて、進んで縄張りに入るんでもなきゃ遭遇そうぐうする事は早々無い」

 質問をされた方の男の言葉を聞き、質問をした方の男は一応の落ち着きを見せたが、それでも二人は周囲を警戒けいかいする態度たいどを崩さなかった。

「つまり、このドングリ撒きは熊を街に招き入れる計画だって言うのか?」

「いや、そうとは限らん」

 質問をした方の男の言葉はスパッと否定された。

「ドングリと言うのは寄生虫が居る事も多い。このドングリが他所よその山の物だとして、中の寄生虫は立派な外来種になる。ミミズやカブトムシの様な無害な虫も、土地が違えば森や畑を丸裸にする害虫と言う事も有る。最悪の場合、山を構成こうせいする土や植物がイカれて生態系せいたいけいの根元から頂上までが崩れ去って文字通り丸裸になる。ひょっとしたら、それが原因で防風林や防備林が無くなって街や村が災害に飲まれるかもな」

「おっかねえ、ドングリを撒いた結果大災害かー」

 質問をした方の男の声には状況を面白がる色が見られ、質問をされた方の男の語りは嬉々が感じられた。

「それで、人里に熊が降りたり、山がハゲになったら喜ぶ団体って居るのか?」

「さあな、少なくとも俺は善意の事業だとしか聞いてない。額面通り熊が人里に降りて欲しくないだけかも知れないし、熊が増えて欲しいのかも知れないし、獣害が増えたら嬉しいのかも知れないし、山がハゲたり災害が起こると都合が良い団体が居るかも知れないし、ひょっとしたら全部なのかもな。一つ言えるのは、俺が行ったことは全部憶測であって、俺達は何も知らないって事だ」

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