第五百七十八夜『九十九年熟成された魂-Spritmonger-』
2024/02/12「天」「サボテン」「激しい大学」ジャンルは「指定なし」
ある所につまらない壮年男性が居た。いきなりつまらないと言っても訳が分からぬかも知れないが、事実として彼は実につまらない男なのである。
彼には妻子が居らず、特に弟子が居るなんて事も無く、何か
今、彼は場末の酒場でちびちびと舐める様に酒を飲んでいるが、これも彼の
「俺にも何か、魂を賭けられるかってのが見つからないかねえ?」
「ございますよ」
つまらない男性が声のした方を見ると、
「何だいあんた? 趣味の代物か何かを俺に売ろうってのかい?」
「これはいけない、大変失礼しました。わたくしマーク商会から行商に来た、こう言う者です」
セールスマン風の男は
「悪魔? 魂と引き換えに何でも願いを叶えてくれるとでも言うのか?」
「ええ、その通り。わたくし、
そう言うとセールスマン風の男は被っていた帽子を外して見せると、なんとそこには
「その角は本物なのか? にわかには信じられん」
「ええ、本物ですよ。何せ悪魔ですので」
セールスマン風の男は自信満々に言うと、
「しかしねえ……そんな仮装を見せられても、はいそうですかと納得は出来んよ。それに第一、魂と引き換えに願いを叶えると言っても、普通の人は取引に応じないでしょう」
それを聞いたセールスマン風の男、我が意を得たりと言わんばかりににやりと笑みを
「そう仰ると思いました。しかしご安心ください、わたくし共が求めているのは魂ですが、契約者の魂とは一言も言っておりません。具体的に言うと、そう……
「ああ、知っている。九十九年経った道具には、命が宿るとか言う奴だろう?」
「ええ、その通り!」
セールスマン風の男は音を立てずに軽く拍手をし、つまらない男性を
「即ち、わたくし共はいわゆる古物商の様な事をしている訳でして……いえいえ、勿論魂を担保にしたいと言う申し出も
つまらない男性は、セールスマン風の男の言葉が琴線に触れるのを感じた。何せ生まれてこの方心の底から面白いと思った事は無いが、この世の物ではない商品と交換と言うなら、それはひょっとしたら、もしくは、或いは……そんな気がして来る。
しかし、それとは別に一つの疑問も生じた。
「しかしそれならお前さん、古銭の店にでも行けば
それに対し、セールスマン風の男は悲しそうに眼を閉じて首を横に振る。
「それがですね、古銭と言うのは生きていないのです。倉庫にずーーーっとしまわれて九十九年、これでは人間で言うコールドスリープと同じ。ひょっとしたらコインに魂が
セールスマン風の男の説明は、つまらない男性の
「分かった、探してみよう!」
「分かりました。それではまた来週、同じ時間、同じ場所で」
つまらない男性とセールスマン風の男は悪手をし、その場を後にした。
「ダメだ!無い、無い、無い、無い、無い!」
つまらない男性は
つまらない男性は近所の古物商やリサイクルショップにも足を運んだが、使われた形跡が有って九十九年も経った物なんてどこにも無かった。そもそもそんな物が有るならば、あのセールスマン風の男が自分で買うだろう。
「クソッ、俺はこれまでの人生で一度も心の底から幸せだった事が無い! 話に聞く、幸せの余り鳥肌が立つと言う感覚も知らない! だがあの男は俺を幸せに出来るかも知れないんだ! どこかに魂の籠った代物は無いのか?」
その時だった、つまらない男性の部屋のテレビがある大学の取材に答えていた。
つまらない男性とセールスマン風の男が言葉を交わして、ちょうど一週間の時間が流れていた。
場末の酒場の客足はまばら、満席とは言い
「大将、テレビでニュースを
セールスマン風の男がそう尋ねると酒場のマスターは快諾し、彼はリモコンを操作してテレビのニュースを点けた。
「市内にある大学に侵入し、年代物の楽器を盗んだとして男性が逮捕されました。氏はいずれの容疑も認めていて、盗まれた楽器は氏の住宅で発見されたということです」
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