第五百七十七夜『あなたの殺人、許可します-open fire-』

2024/02/11「鳥」「クエスト」「冷酷なヒロイン」ジャンルは「SF」


「ですから! その様な理由では、仇討あだうちは許可出来ません!」

 木造の事務所の窓口で、着物を着た女性が和服を着た事務員に大声でたしなめられていた。

「何故ですか? 私はその男に父を殺され、家は非常に困窮こんきゅうしているんですよ!」

 着物の女性の言葉に、事務員は非常にうんざりした様子で彼女に言い聞かせるように言い聞かせた。

「お父様の事は気の毒に思います。しかしですね、打ち水をしていたせいで転んでお亡くなりになってしまった……だから仇討の許可を下さいと言うのではお話にならないのですよ。第一に殺人の関与や関係、時と場合によっては相手との認識にんしきや殺意の立証が必要な訳で……」

 読み本やげきで、何某なにがしの仇! と言いながら、短刀を握って突進する、或いは自分はあの時の被害者なのだと告白しながら短筒をつシーンは誰もが見た事が有るだろう。

 そして以下の様な疑問ぎもんを抱いた事もあるかも知れない。『そんな事を言っているひまが有るなら、とっとと殺せばよいのでは?』

 しかしこれらの告白、宣言にはキッチリとした法的な理由が有る。奉行所に君主や尊属そんぞくの仇討と認定された場合、その件に限って一切の加害行為は正当せいとう防衛ぼうえいと認められるのだ。言わば先述の様な宣言は『この件はお前が悪いし、法的手続きはとうの昔に終わっている!』と言う意味に外ならない。

「ですから、奉行所も暇ではないし、あなたの様な件を仇討と認める訳にはいかないのです。何せ仇討と言うのは、相手は殺されても仕方が無い相手と認定するのに等しいのですから」

 着物の女性は黙りこくった。本心では叫び、泣き、わめき散らしてこの事務員を罵倒ばとうしたかったが、それよりも自分がやるべき事が有り、頭の中ではそれを見定めていた。

「そうですか、お手数かけました」

 着物の女性は思ってもいない事を口にして、奉行所を後にした。


 着物の女性には考えが有り、無策では無かった。

(お役所もあてにならない、ならば次に頼るべきはジャーナリスト! 瓦版に大々的に相手が悪だとれば奉行所も考えを改めるかも知れないし、何より相手は針のむしろになる筈!)

「ですからね、そんなデマゴーグや風評記事をせる事は出来ません」

 矢立屋の男声は着物の女性に対し、呆れ果てた様な仕草で言った。

「何故ですか! 私の父はその男に殺されて……」

「それが事実無根の風評だと言っているのですよ! うちは真っ当で真面目で通っていますからね、この間も何とかって役者のセクハラ記事が上って、記事を載せた側がマスゴミだの何だのとネット上で叩かれましたからね。事実関係を洗って、載せるに値するタレコミ以外に価値は無いのですよ」

「それじゃあ何ですか? 私の父の死は価値が無いと言うのですか?」

 矢立屋の男は、着物の女性に対してもくして首をたてに振った。

「そうですか! もう結構けっこうです!」

 着物の女性は、もうこれ以上ここでする事は無いと言わんばかりに、瓦版屋から出て行った。


 着物女性にはもう一つ考えがあった。奉行所も桜田門も瓦版も頼りにならないならば、次はいよいよもって俄然がぜん暴力ぼうりょくに訴えるしかない。

 そう考えた着物の女性が駆け込んだのは、知る人ぞ知る殺し屋の住まい。桜田門に助けを求めるもないがしろにされた人が助けを求め、悪人をちゅうする好漢と評判だ。名を虎狼痢コロリ鬼座衛門おにざえもんと言う。


「ダメです、無理です、その案件は受けられません」

 虎狼痢鬼座衛門とおぼしき、名前とは裏腹になで肩で線の細い袴姿はまかすがたの男性は話を聞き終わるや、着物姿の女性をピシャリと否定した。

「何故ですか? 私の父は……」

「それは、あなたの殺しの依頼に正当性が見られないからです。わたくしども殺し屋にも組合があり、法度はっとがある。いわばギルドとルールに基づく商売でしてね、殺し屋に頼めば誰でも誰もを殺せる……そんな考えの方の仕事は受けない様にと、先代からキツく言われているのですよ」

 着物の女性の顔は、もう怒りで真っ赤になっていた。そんな彼女の様子を見て、釘を刺して言う。

「言っておきますが、都内の殺し屋のどこに行ってもダメかと思われますよ。組合に所属しょぞくしていない殺し屋ならば、もしかしたら引き受けてくれるかも分かりませんが、組合に所属しないで汚れ仕事中の汚れ仕事をする人間は、文字通り明日をも分からぬ身ですからね……」

 こう言われてしまっては、どうしようもない。着物の女性は殺し屋に頼ると言う考えが無くなっていた。


 着物姿の女性が殺し屋の住まいを後にすると、家を出た頃はまだ日中だったが、空はすっかり赤焼けになっていて、空にはカラスが鳴いていた。

 急に突風が吹き、着物の女性の足に瓦版が絡みついて来た。一面記事には、亜米利加アメリカの首相との会見の事が書いてあり、更には将軍家の意向、鎖国制度が如何に時代おくれか、現代の法制度の問題点、亜米利加の現状、亜米利加で起こった銃乱射事件をやり玉にした物等々多角的な切り口での意見が書き連なっていた。

 着物の女性は瓦版の記事を一瞥いちべつだけし、結局瓦版は風に乗ってどこかへ飛んで行ってしまった。

(銃乱射が何だか知らないけど、そんなの槍でも刀でも一緒でしょうに……)

(開港ねえ……開港したら仇討がし易くならないかしらね?)

 着物の女性は自分に都合の良い未来を想像したが、そんな未来は政治家の手では訪れない。何せ日ノ本の政治家達は事なかれ主義であり、事ある毎に「お変わり無い様で何よりです」と口にしているのだ、仇討のし易い社会なぞ、開港しようしまいが一生訪れない。

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