第五百七十三夜『死ぬまで完成しないパズル-rInfone-』

2024/02/05「黄昏」「パズル」「真の廃人」ジャンルは「指定なし」


 壁面へきめんつるった、どことなく幻想的な雰囲気の、古風な映画かアニメで見る様なおまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店内には、かざり気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿ですみを垂らした様な黒髪くろかみが印象的な店主と、学生服を着た女性客とが居た。

 女性客はこの小間物屋の外観に魅了みりょうされ、何と無しに店に入った形。特に目的は無いが、強いて言うなら物見遊山のウィンドウショッピングか。

 女性客が眺める小間物屋の商品棚に並べられているのは、店の外観に相応しく素朴でどこかなつかしい気分になる商品の数々。ドライフラワー入りの手のひらサイズの小瓶、無記名のネームプレートを結んだミサンガ、陶器の様な外観がいかんの貯金箱、そしてプラスチック製に見える正多面体の様で正多面体でないいびつな多面体。

 女性客は、このプラスチック製の歪な多面体に言葉にしにくい関心の様な物を覚えた。この歪な多面体はどことなく、彼女が幼い頃よく遊んでいた正多面体のパズルに似ていた事も一因かも知れない。幼少の頃の彼女は、よく正多面体パズルを使って犬やキリンを作った物だ。

「そのパズルが気になるかしら?」

 そう言うのは、レジ台から女性客の方を見ていた店主。

「えっと……」

 女性客は言葉に詰まった。別段万引きを考えていた訳では無く、もっと言うとどうしても欲しいと言う訳でも無い。強いて言うならなつかしがって見ていただけなのだが、その顔が物欲しそうに見えたのだろうか? 正直言って深く考える様な事では無いが、女学生の中では考えが浮かんでは消えた。

「そのパズル、欲しいのでしたら学生さんでも手が届くお値段にしておきますよ」

 そう言って店主が口にした値段を、女性客は何かの聞き間違まちがいかと思った。何せ店主が口にした値段はワンコイン、彼女が幼少の頃に遊んでいた正多面体パズルよりずっと安い!

「えっと、考えておきます」

 いくら安くても、安物買いの銭失いと言う言葉も有る。女学生は歪な多面体を買わずに店を後にした。


 あれから女学生の頭の中では、何をするにしてもあの歪な多面体が脳裏をグルグルしていた。

 今の時刻は昼休みで、すっかり昼食を食べ終わっていたのだが、学友達と談笑している最中も頭の中では例の多面体がと頭の中で消えては現れ回っている。

「ところでうら無量大数むりょうたいすうチャレンジ、どうしてもクリア出来ないんだけど、あれどうやってクリアしたの?」

 学友はそう言って、ふところから携帯端末けいたいたんまつを取り出す。それにはパズルゲームジャンルのソーシャルゲームが表示されていた。女学生はそのパズルをクリアーした事を、先日ソーシャルネットサービスで報告したところだった。

「裏無量大数? すごいねー、私は表万をクリア出来ないよ」

 学友達の言葉は彼女にとっては遠い昔の事の様な、微笑ほほえましい事柄に感じられた。

「ねえ、クリアの秘訣とかある? やっぱり課金でどうにかするとか?」

「いや、課金前提の考え方はしたくないと言うか……」

 女学生は裏無量大数をクリアする為に大量のプレイ時間を投じたが、そもそも一つのパズルゲームに固執して大枚をはたくと言うのがそもそもバカバカしい。そんな事にお金を使うならば、パズルゲームにお金を使うにしてももっと別のパズルでも買えば良かろう……

 女学生は学友達と他愛の無い会話が出来ていた。しかし心ここにあらずで、その実心は件の多面体の所に有った。


「あら、いらっしゃい。何をお求めかしら?」

 気が付くと、女学生の足は自然とあの小間物屋に向っていた。

「あの、私が昨日見ていた立体パズル、あれってまだ売ってますか?」

「ええ、ございますよ」

 女学生の質問に対し、店主はたおやかな調子で棚を指し示す。すると先日と全く変わらない様子で、歪な多面体がそこにあった。

「よかった、これ下さい! どうしても欲しいんです!」

「本当にそれが欲しいの?」

 店主は昨日とは異なる、少々勿体ぶった様な態度たいどを示した。まるで女学生が購入こうにゅうする素振りを見せたせいで、それが気に食わないかの様な様子だ。

「何か問題でもあるのですか?」

 女学生は少々イラついた様子を露にした。

「その立体パズルはね『死ぬまで完成しないパズル』なの」

「死ぬまで完成しないパズル、ですか?」

 女学生はむしろこの言葉を聞いて、高揚感を覚えた。何せ彼女はむずかしいだの、不可能だのと言われるパズルをとっつき回し、何とかクリアまで持っていく作業が大好きなのだ。

「死ぬまで完成しなくても結構です。そのパズルを私に売って下さい」

「分かったわ、ではどうぞ」

 店主は伝えるべき事は伝えたと言う事か、それ以上は渋ったり警告けいこくめいた事を伝えるでもなし、素直に多面体パズルを売ってくれた。値段は先日聞いた通り、おどろくほど安かった。


「す、すごい! このパズルはとんでもなくすごい!」

 家に帰った女学生は、自室で多面体パズルをいじり始めた。

 初めに分かった事だが、このパズルには説明書がついていない。だから値段が安かったのかも知れないと、女学生は納得した。

 第二に、このパズルは何を以て完成かはさておき、テキトーにいじっても相応の手応えが有った。手慰てなぐさめの様に動かすだけで多面体パズルは平らな魚になり、背の高い四足の動物の様な姿にもなった。

「そっか、このパズルはどうやっても無機質むきしつな形状にしようとしてもピースが余って不格好になる。球やミョウバン結晶や正多面体は作れない、作れるのは動物みたいにがある形状や、いわゆる完璧かんぺきじゃない形状だけ」

 女学生はそう言いながら様々な試みをしていた。今は何か正多面体に近い形状を作れないかと多面体パズルをいじくり回すが、多面体パズルはバクテリオファージの形状にこそなったが、やはり正多面体にはなってくれなかった。


 それから女学生は寝食しんしょくを忘れて多面体パズルにのめり込んだ。

 あと少しで正多面体や球が作れると思ったが、やっぱり余計なピースが収まらない。そんな事を幾度いくどと繰り返した。

「ちょっと、大丈夫?目の下のクマとかすごいよ!」

 余りのやつれ具合に、女学生の学友も心配そうな声を挙げた。

「うん、ちょっと今入れ込んでいるパズルがあって、ちょっとね……」

 そんな調子で友達付き合いもせず、ひまさえ有れば件の多面体パズルをいじっている。学校の休み時間もいじっているし、家に帰ってからは多面体パズル以外の時間も無い。

「あとちょっと、何か一歩有ればこの『死ぬまで完成しないパズル』を完成出来るのに……」


 相変わらず、女学生は多面体パズルに入れ込んでいた。あと一歩で正多面体が完成する! と言うところでやっぱり完成しないのである。

 その結果女学生はますます目の下のクマは色濃いろこくなり、せ細っていった。

「ちょっと、聞いてる? と言うか大丈夫?」

「ごめん、後にして」

 かつてパズルゲーム談義で花を咲かせていた学友とも二三言葉を交わす、いやそれ未満みまんでひたすらパズルをいじり続ける有り様だ。

「あんた、いい加減にしてよ!」

 女学生の学友はそう言うと、多面体パズルを思いっきり叩き落とした。すると多面体パズルは床にぶつかり、砕けてプラスチック片とジョイントの金具とに分かれてバラバラになってしまった。

 その様を見た女学生は一瞬いっしゅん呆然とし、そして顔面蒼白そうはくになって叫んだ。

「何してくれんの! あとちょっとでけそうだったのに!」

「何言ってんの? あのパズルをやり始めてから、あんた明らかにおかしかったし、みんな心配してたのよ!」

 女学生の叫びにも劣らぬ学友の怒号に、女学生はひるみ、そして恥じ入った。自分の中ではあの『死ぬまで完成しないパズル』をクリアし、学友達の前でバラして組み立てるビジョンがあった。しかし、当の学友達にこうも叱られてしまっては本末転倒だ。

「ごめん、私が間違ってた……」

「いいの、それよりゴメンね。パズル壊しちゃって……何か私達で埋め直しするね?」

「うんう、大丈夫。それより新しく配信されたパズルって何かある? 最近パズルゲームもやってなくて……」

 女学生と学友たちはすっかり仲直りし『死ぬまで完成しないパズル』の事はすっかり忘れた様に、まるで最初から存在しないかの様に仲直りしていた。


  * * *


 壁面へきめんつるった、どことなく幻想的な雰囲気の、古風な映画かアニメで見る様なおまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店の中には、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿で墨を垂らした様な黒髪が印象的な店主と、どことなくナイフの様な印象の詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年とが居た。

「アイネさん、何かいい事でも有ったのですか?」

 従業員の青年は、鼻歌を歌う店主の女性に質問を投げかけた。

「うーん、どちらかと言うと失敗かしら? でもね、失敗以上にいい事が有ったとでも言うべきでしょうか?」

 店主の女性はそう言うと、鼻歌を歌いながら手慰めにプラスチック製の立体パズルを片手でいじくりまわしては、犬や蛇や魚などを作っていた。

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