第五百七十一夜『冒涜的で不可逆な啓蒙-behold-』

 2024/02/03「電気」「目薬」「正義の恩返し」ジャンルは「王道ファンタジー」


 近年は流行り病の年の連続だった。それもただの流行り病ではなく、ウイルス性の疫病が多いのも特徴とくちょうか。

 そこで私は考えた。もしもウイルスが目に見えれば、感染をける事は容易とまでいかなくとも可能になるのではないか? それは人類にとって大きな助けになるのでは? いや、間違まちがいなく大きな助けになる!

 そしてもう一つ私には考えがあるのだが、私一人がウイルスを視認出来るのであれば、それはとても素敵な事ではなかろうか?

 もしも私ただ一人がウイルスを視認する事が出来て、周囲の人々がそれを認めたならば、きっと私は救世主の様になれるのではなかろうか?

 そうなれば善は急げ、私はウイルス等の微生物びせいぶつを視認出来る様になるための目薬を作る事にした。

 目薬を選んだ理由はいくつかあるが、これがメガネならば格好がつかない気がするし、何よりも私一人の特別な力を他人が強奪ごうだつする可能性も考えられるからと言うのが大きい。それに私はその時の気分でメガネのフレームのデザインを変えたい人間なので、一つのメガネにこだわると言うのはナンセンスと言うものだ。

 もっとナンセンスな話をするならば、例えばコンタクトレンズやナノマシンはもっとダメだ。私は体内にその様な物を入れるのが恐ろしい性質たちだし、そんな物よりファッション性にすぐれたメガネの方が百倍マシだ。自分の眼球にレンズを張り付けるのは恐怖でしか無いし、自分の体内に電気で動く異物が入ると思うと身震みぶるいすらする。

 こうして、私は他の案を自分で没にし、目薬の開発に取り組む事にした。


 かくして、私のウイルス視認点眼薬(正式には微生物視認点眼薬だが、用途に合わせて便宜上こう呼ぶ)は完成した。資金繰しきんぐりは少々骨だったが、この発明を元でに私は教祖……じゃなかった、救世主になる予定なのだ。金に糸目をつける事は無かった。

「よし! これで私の理論が正しければ、私の眼はウイルスを視認出来る様になる筈だ」

 無論動物実験も済ませている。私の飼っているモルモットだが、点眼した後はケージに入れてあるウイルスを培養ばいようしているシャーレに恐怖を示す様になった。あの子は点眼をしてから怖がりにになった風があるが、健康状態は全く問題が無い。

「ではいざ、ウイルスを視認出来る世界を」

 点眼すると、私は目に一瞬いっしゅんだけ感電かんでんの様な感覚を覚えた。目薬の成分が各種眼筋にはたらきかけ、眼のピントを微生物にも合わせられる様になったのだ。

 無論、微生物を見る事が出来るだけでは眼球の意味が無い。私の目薬は微生物にも微生物以外にもピントを合わせられる様になる薬と言うのが正しい。

「素晴らしい! これは想像以上だ!」

 目薬を使った私の目には、顕微鏡けんびきょうや資料で見たウイルスが宙に浮いているのが見えた。

「しかしウイルスが見える様になると、周囲が微生物だらけだと思い知らされるな」

 今の私には微生物が見える。しかし微生物以外何も見えないなんて事は無く、微生物以外もうすく透明度の高いガラスか水面みなもを通した様に見える。生活に何の支障も無い。

「しかし研究をしていると時間が経つのが早いな。何か食べよう」

 私は冷凍のワンプレート定食でも食べようと、キッチンへ向かった。しかしキッチンには、電子レンジにも微生物が大量たいりょうに居るのが見えた。

「特に危害が有る訳ではないが、こうも微生物だらけだと気分が悪いな……」

 私は冷凍食品を電子レンジにかけて取り出すと、そこには大量の微生物がうごめいていた。氷点下未満みまんで活動出来る条件でなかった微生物が、食事があたたかくなって再び動き出した形となる。

「この目薬は失敗作だな……」

 私は冷凍食品を食べる気がしなくなり、手を付けずに捨てた。

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