第五百六十五夜『願いを増やす方法、教えます-Old man of the sea-』

2024/01/27「電気」「ことわざ」「嫌な主従関係」ジャンルは「ホラー」


 書庫の中にロウソクやら魔法陣まほうじんやらが有り、稲光と硫黄の匂いの煙が充満したかと思うと、その中心には重厚な本の中から青い肌で上半身だけの裸の恰幅の良い人影ひとかげが揺らめいていた。

 この書庫の持ち主は今正に悪魔召喚の儀式ぎしきを成功させたところであり、しかし彼が呼び出したのは悪魔ではなく魔神だった。

「俺を呼んだのは貴様だな? 神様の名の元に、お前の願いを三つだけ叶えてやろう。繰り返すが三つだけ、必ず三つだけだ! 願いを増やす事、願いを取り消して別の願いに替える事は許さん!」

 魔神は腕組うでくみをして、その恰幅の良い長身で書庫の持ち主を見下しながら言った。

 もしも常人がいきなり魔神にそう言われても、言葉に詰まっただろう。何せ人間の欲望には際限が無い、故に願いを増やす事は出来ないと言われたら狼狽するのも仕方が無い。二兎を追う者は一兎をも得ずとは、よく言ったもの。

 しかし書庫の持ち主はちがった。彼は魔神を召喚するために研究をしていた人間であり、この魔神の言う事は予め知っていた。つまり彼は魔神の制約は勿論知っていたし、三つの願いも既に決まっていた事になる。

「まずは、私を不老不死の健康体にしてくれ!」

「そんな事でいいのか? お安い御用ごようだ!」

 魔神は手を掲げ、閃光を放つと書庫の持ち主は不老不死の健康体になっていた。具体的に言うと肉体は全盛期のそれになり、持病の腰痛と肩凝かたこりが綺麗きれいサッパリ消えていた。

「おお、これはすごい! 次は、一生かかっても使いきれない無尽の富をもらおうか」

「よろしい、お安い御用!」

 魔人は左手を鳴らすと、書庫の持ち主の携帯端末けいたいたんまつに通知が鳴った。書庫の持ち主が見ると、彼の持っている資産の数々かずかずが更なる資産を産んでいる事を知らせていた。

「素晴らしい! では、三つ目の願いだ。お前と同じ力を持った魔神をもう一人作ってくれ!」

 書庫の持ち主は、自分で自分の考えに自惚うぬぼれすら覚えていた。何せ願いを増やす事は出来ないと言われたが、魔神を増やす事は出来ないと言われていない。ならば、もう一人新しい魔神を作れば新しく三つの願いを叶え放題と言う事になる!

「素晴らしい願いだ! では、俺と同じ力を持つ魔神を!」

 魔神はそう言うと手を掲げ、書庫の持ち主に向って再び閃光を放った。


  * * *


 それから気が遠くなるほどの時間が経った。

 書庫の持ち主は彼自身が願った通り、今も生きているし使いきれない程の資産を持っている。

 しかし、今彼に出来るのは本の中でじっとしている事だけ、或いは誰かが本から自分を外に出してくれる事を願う事だけだった。

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