第五百六十四夜『特許のレシピ-Wolfgang-』

2024/01/25「冬」「狼」「きわどいカエル」ジャンルは「大衆小説」


 視界の向こうに街が見える、雪が浅く積もった平原の道を、幌付ほろつきの車が走っていた。車の運転席には短筒を下げたせぎすの男が、助手席には歩兵用の剣を少し背の低い亜麻色の髪の毛をふさにした女性とが乗っていた。

「突然だけど、特許を取れるが取らない物ってのがあるんだ。秘伝のレシピなんかが、それにあたる」

「うん?」

 自身がそう言う様に強引に話題を振った短筒男だが、剣を佩いた女性は特にいぶかしむでもなし、何か意図が有るのだろうと言う顔をしている。

「特許を取るには、その詳細を大勢おおぜいに知らせる事になる。けれど、教えたくない秘伝のレシピにはそれが出来ない。マネされたくないと知られたくないは両立しないって事だね」

「なるほど。それで、突然そんな話をした理由は? うんう、これから話すんだろうけど」

 剣を佩いた女性は、房状にした髪の毛を左右に振りながらひまそうに言った。

「まあそうなんだけど、だから特許を取っていない秘伝のレシピってのはテキトーきわまりない根も葉も無いうわさが出回る事が有る。例えば某店のフライはとりじゃなくてカエルを使っているとか、某メーカーのコーラは麻薬が入っているとか……あとは秘伝のレシピって程じゃないけど、某レストランの肉は食用ミミズって噂も聞いた事あるね」

「へー、よくそんな気持ちの悪い事考えるね」

 短筒男の言葉に、剣を佩いた女性はそう返したが、額面通りに気持ち悪がると言うよりは、興味深きょうみぶかそうな色を示していた。

「とにかく、秘伝のレシピとか言って秘密ひみつにすると、人ってのは好き勝手言いやがるって事だね」

「そうなんだ……ところで、積み荷の輸血パック? みたいなアレと関係あるの?」

 剣を佩いた女性が後ろを見ると、そこには保冷剤と何かの血液パックとが詰まったクーラーバッグがあった。

「ああ、アレね、絶滅ぜつめつしたオオカミ……に比較的近い遺伝子いでんしを持った食用犬の血」

「今、何て?」

「食用犬の血」

 剣を佩いた女性は、信じられない言葉を聞いたと言った面持ちでたずね、短筒男はさも当り前かの様に答えた。

「犬の血って……それ一体何に使うの?」

 その言葉に対し、短筒男は待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。

「それはさっき話した通りだよ。理由は知らないけど絶版になった飲み物があって、それは絶滅オオカミの血が入っているから再現が出来ないって無責任な噂が立った。なので、噂の飲み物を再現したいあなただけにくだんのオオカミを家畜化する事に成功したから血液を特別価格でおゆずりします。ってセールストークで売り込む計画だ」

 これを聞いた剣を佩いた女性は呆れた様な、感心した様な顔で短筒男を見る。

「うーわ、ずっこい。ゴウツクバリ~」

 しかし、短筒男の方も負けてはいない。剣を佩いた女性に対して威風堂々いふうどうどうと言わんばかりにむねを張って主張をする。

「俺は何もうそは言ってないよ? 噂の飲み物を再現したい人にだけお譲りしますと言ってるんであって、あなた一人にだけお譲りしますとは言ってない。それに、噂の再現に使えると言っただけで、飲み物の再現に使えるとは一言も言っていない。ついでに言うと、オオカミを家畜化した動物の血液とは言ったものの、その絶滅したオオカミとは言っていないからね。俺は噂に踊らされたい人を、噂に踊るのに必要な物を売ってあげようってだけだからね!」

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