第五百六十三夜『所得税の要らない一封-salary-』

2023/01/24「風」「虫アミ」「冷酷な可能性」ジャンルは「ミステリー」


 居酒屋で一人の男が酒をあおっていた。彼にはささやかな不満ふまんがあり、その鬱憤うっぷんを飲酒で紛らわせている形になる。

 彼の鬱憤は、自分の給金が低い事だった。いや、給金が低いというのは少々本質的ではない。彼の給金はそこまで低くも無いのだが、所得税をに取られる。

 そんなこんなで、彼はこうして安酒を呷り、鬱憤を晴らしている。

「相席、よろしいです?」

 そう言って近寄って来たのは、羽振りがよさそうな男。

「あ、かまいませんよ」

 男がそう言うや否や、羽振りの良さそうな男はあれやこれやを注文した。男はこの不景気なぞどこ吹く風な羽振りの良さそうな男が注文する様を、何とも言えない様子で見ていた。

「はぁ……」

 男は自分と羽振りの良さそうな男の境遇を見比べ、思わず溜息をついた。

「おや、どうされましたか?」

「いえ、はたらいても働いても所得税でガッポリ持っていかれまして……」

 男の身の上話に対し、羽振りの良さそうな男は少しだけ意外そうな表情を浮かべた。

「マジですか……いや、だけど私は所得税を産まれてこの方払った事が無いですからね。その差があるのかも知れません」

「所得税を払った事が無い? それは一体どう言う事ですか?」

 男はおどろき、興味深そうな声色で言った。

 何せ目の前の羽振りの良さそうな男はスーツ姿、特に無職むしょくには見えないし、かと言って不労所得があっても所得税は発生する。そして現にこうして居酒屋で注文をしているならば、恐らく現金の持ち合わせはあるだろう。まさか物々交換で全てを済ませるなんて事はあるまいし、衣食住の現物支給なんてあり得ない。

「それは、こう言う事です」

 羽振りの良さそうな男は内ポケットに手を入れ、そこから名刺入れの様な、しかし一回り大きな入れ物を取り出した。彼はその中身を取り出して中身を提示したところ、それは黒い竜の絵、青い魔法使いの絵、黒い服の女性の絵のカードだった。

「それは何ですか?」

 その質問を待ってましたと言わんばかりに、羽振りの良さそうな男は自信満々じしんまんまんの表情を浮かべた。

「これね、現金より価値があるサラリーです!」

「現金より価値があるサラリー?」

 男は羽振りの良さそうな男が言っている事が何一つ理解出来ず、思わずオウム返しをした。

「ええ、その通り。我々はこれらのカードで給料サラリーを受けとってます。いわば塩労働者サラリーマンならぬ、カード労働者カードマンと言った所ですね」

 自信満々の羽振りの良さそうな男の様子を見て、男は一つの考えが頭に浮かんだ。何せ給料がカードだのと言われても、普通な事では無いし人間は生活出来ないのだから何かしらのカラクリがある筈だ。

「それはひょっとして、好事家の間で高価で売れる代物を給料代わりに貰っていると言う事ですか?」

「その通り!」

 なるほど、カードの類は好事家の間で高価で売れると言う話を聞いた事があるし、しかしカードその物に金銭的価値は半ば認められない。高価な代物を盗まれたと警察けいさつに泣きつく事は出来るだろうが、カードを代金代わりに置いていくなんて事はそれこそ好事家の間でしか通用出来ないだろう。そんな物を給料代わりに渡されても好事家に売るしか出来ないし、所得税は発生しないと言う仕組みか。

 無論そんなイカサマが通用し続けるとは思えないが、相手の様子だと何かしらの対策はあるのだろう。今月はカード、来月は宝石付きの時計か何か、再来月はブランド物のバッグか何かか、ひょっとしたら効果で取引されるカブトムシやチョウチョも給料代わりになっているのかも知れない。

「なるほど……世の中にはすごい物を考える人が居るものですね。ところでその、これは興味本位なのですが、先程のカードは一体いくらで売買されるのですか?」

「そうですね、サラリーとして渡されたカードは値段が上下しにくいカードなんですが……」

 そう言って羽振りの良さそうな男は携帯端末けいたいたんまつを取り出して、カードを取り扱っている店の値段表を見せた。彼が示したカードは、どれもが一人が盛大に飲み食い出来る程か、更におつりが出る金額だった。

「いやはや、何と言うか凄まじい世界ですね……」

「そうでしょう、そうでしょう!」

 相も変わらずの羽振りの良さそうな男、彼は内ポケットにカードケースをしまいつつ胸を張った。

「しかし、こう言ったコレクターアイテムと言うのでしょうか? こう言う物は水物と言うか、株の様に値段が上下しそうで恐ろしいで……」

 男の言葉を聞き、羽振りの良さそうな男はと笑みを浮かべた。

「ああ、それなら心配不要。何せ我々がカードを買い占めて売買する事で、値段を安定する様に釣り上げていますからね!」

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