第五百六十一夜『よどんだお堀の中で- Pearls Orchestra-』

 2024/01/21「池」「機械」「消えた子供時代」ジャンルは「ミステリー」


 ある都市に、それはそれは汚いおほりがあった。

 都市は栄えており、相応の緑もあったが、しかしお堀は汚い事で有名で、中の水は全くんでいなかった。今の大人ですらお堀が澄んでいた頃の事を知らず、お堀が澄んでいたのは老人が子供の頃の事であった。

 たまに酔っ払いや地元のスポーツチームが勝った際には、お堀に飛び込む人が出るのだが、このお堀の水質がまた酷く、健康被害が見て取れた。

 これを良くないと思った都市の住民はアイディアをつのり、行政の手で澄んだお堀を取り戻そうとした。


 場所は変わって都市の行政区。休憩室きゅうけいしつで数人の人々がコーヒーをすすりながら駄弁だべっていた。

「堀にイケチョウ貝か何かを放し、堀を綺麗きれいにしてもろうたらいいんや!」

「堀に貝を放して、それでどうなるんです?」

「貝言うんは、海水の中のや生活排水やプランクトンを食って育つんですわ。つまりは綺麗な水の中では住めないし、淡水真珠貝をお堀に放せばゴミを食って真珠を作ってくれるって寸法や!」

「なるほど、それは良いアイディアですわ。あなた、それを会議かいぎの場で発言すればいいのとちがいます?」

「いや、俺はそう言うのはダメや。こう発言とか悪目立ちするのはなんか嫌なんや。こう思い付きで淡水真珠貝と言っても、どの種類は最適かとか尋ねられると専門的知識ちしきが無いから議論も出来ひん」

「そうですか。では私があなたの意見をまとめて、匿名で意見箱に入れるというのはどうでしょう? もし何なら、私が代わりにやりますよ」

「おう、それなら結構けっこうや」

 そう言う事になった。


 かくして休憩室の軽口は正式な意見として通った。

 何せ大々的な機材きざいを投入して血税を強いる物ではなく、貝を用いて水質改善を試みると言うのは実際じっさいに存在するプロジェクトなのだ。ならばうちでもやってみようとマネするのは容易いし、前例があると言う事は資料が有ると言う事になる。

 お堀の水質改善のために真珠貝を放す。この事は大々的に報じられ、結果として方々に知られた。

 真珠貝による水質改善プロジェクトは少しずつだが、目に見えてお堀の水を澄んだものに変えていった。


 しかしこれが良くない方向にも向かった。真珠貝が有ると言う報道が、お堀へと盗人を呼び寄せたのだ。

 盗人はお堀に真珠貝がたくさん放流された事を報道で観ており、真珠貝の生態せいたいを調べて折を見てお堀へと飛び込んだ。

 しかし盗人には誤算があった。真珠貝を調べてお堀へ飛び込むのは良いが、お堀の調査が不足していた。

 盗人はお堀の水質汚染を甘く見積もっていた。飛び込んだ途端とたん、お堀の中のヘドロに足が突き刺さる形となり、右足を負傷してしまった。

「ぐあっ!」

 しかしこの程度でへこたれる盗人ではない。何せお堀には大量の真珠貝が居るのだから、ここで痛みに耐えれば真珠を両手でつかみ取り出来ると言う物だ。

 しかし盗人にはもう一つ誤算があった。このお堀に対する無法者は、盗人一人では無かったのである。

「うわ! なんだ? 痛っ!」

 しばらく前、このお堀に飼えなくなったピラニアを放した不届き物が居た。全くヘドロと汚水だらけだったお堀が、真珠貝によってすこしだけ水質汚染が引いた事によって、ある程度動植物が住める環境になった。結果として、お堀はピラニアがキチンと住める様になっていた。

 足をくじいた盗人は、ピラニアにとってはえさとして目に映った。平時なら自分より大きな動物は畏怖の対象でしかなかったが、負傷した生き物はピラニアの群にとってはご馳走ちそうでしかない。

 盗人はあっと言う間にピラニアの群に平らげられ、骨だけとなり、その骨はヘドロの中に沈んでいった。盗人の体内にあったは貝の餌になり、骨はヘドロの中に沈んで見えなくなり、誰もその事には気付かなかった。

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