第五百五十八夜『課題の絵画-roboter-』

2024/01/17「池」「機械」「消えた子供時代」ジャンルは「悲恋」


 不自然に広くて椅子と机以外に何も無い部屋の中、四角四面の青年が数名の面接官と対面していた。

 四角四面の青年は絵を持ち込み、その合否をこれから言い渡される所だ。

 簡素かんそな椅子に座らされた四角四面の青年は、氷の様な印象の面接官の言葉を投げかけられた。

「なるほど、君の描いた絵は確かに悪くはない」

 うそだ、お世辞だ、不当な評価だ。面接官達は四角四面の青年の描いた絵をめる素振りを見せてはいるが、その実どうやって彼の絵をおとしめし尽くそうか考えていた。

「確かに素晴らしい風景画です、写真の様と言っても過言ではないでしょう。しかし、この絵は本当に写真ではないのでしょうか?」

 四角四面の青年は喋らなかった。喋ろうとしたが、口を開ける事も舌を動かす事も出来ず、ただただ座ったままうつむくしか出来なかった。

「この絵には、ロボットが描いた疑惑がかかっている。よもやと思うが、ロボットが描いた絵を課題として提出したのではないだろうな?」

 四角四面の青年は喋れない。喋れないし笑えない、笑えないし、涙も流さない。

「そもそもなんですか、この絵は? 見てください、こんなにも人間が小さく、まるで人形ではないですか! まさかとは思いますが、ロボットだから風景しか描けず、人体を正しく描く事が出来ないとは言わないでしょうねえ?」

 四角四面の青年は見に覚えの無い事実無根の嫌疑けんぎをかけられたが、それでも喋る事が出来なかった。そもそもロボットだと言うのならば、ただ座っているだけと言うのは労働者ロボットとして矛盾しているのではなかろうか?

「事実、君の描く絵は建築物や湖や山々は素晴らしい。しかし、我々は人物画を課題として出した筈だ。よもや君はロボットだから、人間じゃないから人間の言葉を正しく理解出来ないと言う訳じゃないな?」

「申し訳ありませんが、人ならぬロボットは我が校に通う事が出来ません。我が校の栄誉えいよが傷つきますし、何より大学は人間の通う場所ですからね」

 いくら四角四面の青年の絵に至らぬところが有ったとしても、ここまで言われるいわれは無い。お前の絵はヘタクソだの、ここを直せないなら不合格だの、それだけ言えば事足りるだろうに、こうも人格否定をされる必要がどこにあるだろうか?

 足が動かず、口が動かず、舌も動かず、これまで金縛かなしばりにあっているかの様な心地だった四角四面の青年だったが、ここに来て怒りで脳と臓腑ぞうふが沸々と沸き、ついに立ちあがって声の限り叫んだ。

「黙れ! この不実な臆病者共おくびょうものどもめ! 何が栄誉だ、そんな物があるものか! 畜生め、お前らの様な高圧的で理不尽な面接官なぞ大嫌だいきらいだ!」


 * * * 


 ある国の会議室かいぎしつひげを整えた指導者しどうしゃが白昼夢を見ていた。彼は心労でくたびれており、ふとした拍子で夢に落ちてしまった形となる。

 夢の内容は自分がかつて若かった頃の事を、彼自身の不安や歪曲わいきょくした記憶が脚色きゃくしょくした形の夢だと、彼は夢を見ながら気が付いた。

 彼は周囲からは短気な総統だと思われていた。その原因は彼自身にも分からないし、そもそも人生において明確な一つの理由なんてそうそう存在する事は無く、複数ふくすう曖昧あいまいな材料がある方が正しい。

 ただ一つ分かる事は、彼の人生は闘争とうそうと怒りにあふれており、ただひたすらてきを憎んで攻撃こうげきする事こそ彼の生き方だと言う事だ。


 それこそ、敵対民族を殺すだけのロボットの様になってしまった人間だと、後世の人はそう語っていた。

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