第五百五十七夜『無駄に洗練された無駄の無い無駄な犯罪計画-the cuckoo's nest-』

2024/01/16「夜」「鞠」「残念な脇役」ジャンルは「ギャグコメ」


 街灯と月明かりだけが目立つ夜中、公園に胡乱な人物が居た。ボストンバッグを脇にかけ、遊具で遊んだり運動をするでもなし、一人で何やら調子の外れた声で歌ったり何かを独り言を言ったりしている。

 これだけなら別にいいが、連れが居る様子が無いと言う事実が見る人によっては心をざわつかせた。何せ連れが居ないなら、迷い込んで来た行方不明者か何かである可能性がある訳で、それならば保護ほごする必要が出て来る事になる。

「やあ君、ちょっと良いかな?」

 老婆心か正義感せいぎかんか、もしくは計算稼ぎ目的の打算か、一人の警察官けいさつかんが胡乱な人物に職務質問を試みた。

「はい! 本日は晴天なり、我が党に清き一票を。アルバイトで高収入!」

 この様な様子だ。恐らく本人としては記憶に強く残った音声をマネしているだけだろう、よくある話であって、別段しょっ引く必要性は全く無い。

「君はここらへんで見ない顔だけど、どこから来たの? 一人で帰れる?」

「はい! 遠い場所から参りました! 帰り道は分かりません! もうしばらくここらに居とうございます!」

 胡乱な人物の言葉を聞き、警察官は神妙な表情を浮かべた。帰り道の分からない人間が徘徊はいかいしているならば、それは警察の管轄かんかつであり、保護する義務ぎむが生じると言うものだ。

「それは困ったね、ちょっと荷物を見てみてもいい? ひょっとしたら、家に帰る手掛かりとか分かるかも」

「うん、わかった!」

 警察官は徘徊老人の扱いをする事もある。この警察官もまた、訳が分からず徘徊している人物には威圧的いあつてきに接すると逆効果であると言う事を、経験談や資料から知っていた。そして事実、胡乱な人物は警察官に対して有効的な態度たいどでボストンバッグを手渡した。

 ボストンバッグの中身だが、胡乱な人物の身元を明かす物は無かった。あるのはラベルを剥がしたペットボトルの数々で、警察官はこれを飲み物と言うより洗剤か何かか薬品の様だと思った。

「これは何? おうちから持って来たの?」

 警察官としては、他愛の無い事をたずねる様子で質問した。

 しかし、警察官の脳裏のうりには一つのシナリオが疑惑の形で組み上がっていた。即ち、右も左も分からぬ鉄砲玉に洗剤を持たせて、目的地でテロ行為を行なう様指示をする……市販の洗剤を混ぜれば毒ガスを発生させる事は容易なのだ、そんな事を行なうやからも居るだろう。

「これね、人間をパーにする薬です!」

「何だって?」

 警察官は、胡乱な人物の予想外の言葉に目を皿にした。

 この胡乱な人物は、思考の連続性を放棄ほうきしている様に見える。しかしその一方で、聞いた言葉を反復する事は正常に出来ていた。

 即ち、このペットボトルの中身は『人間をパーにする薬』である可能性が有る。むしろ不能犯の可能性はさておき『人間をパーにする薬』と言う呼称がなされている事は確信的と言えた。

 この事から警察官の脳裏にはグルグルと様々な犯罪計画のビジョンが浮かんでは消えた。始めはテロ組織そしきやヤクザの鉄砲玉が洗剤を用いた毒ガステロを行なおうとしている可能性を考慮こうりょしたが、これが『人間をパーにする薬』と呼称されているとなると話は変わる。それこそ、特撮作品とくさつさくひんに登場する悪の組織の様ではないか!

「君! どこからこの薬を持って来たの? これはおうちに帰る手掛かりだよ!」

 警察官は胡乱な人物を保護する事が頭からスッポリと抜け、ひど興奮こうふんして質問をした。

「これは家から持ってきました、これを首相に飲ませてパーにして、その隙に外国に攻め入ってもらう計画です!」

 警察官は唖然とした。不能犯の可能性は大いにあるものの、何せ胡乱な人物の言っている事は完全に傷害罪や外患誘致でしかない。異物を他人に飲ませる危険人物で、政治犯で、売国奴、脅迫行為きょうはくこういを行なう国家転覆罪未遂こっかてんぷくざいみすいだ。

「君、ちょっとしょまで来てもらおうか」

 警察官は声色を変え、胡乱な人物を確保した。


 裁判所で胡乱な人物が裁かれていた。胡乱な人物は街中を流れるアナウンスの様な事を言いつつ入廷し、しかし裁判長の質問に対しては耳を傾けていた。

「被告、えー……御手洗みたらい舐蔵なめぞう? は未知の薬品を用いて首相を害し、外国の傭兵部隊ようへいぶたいを我が国の領土に対して不法に攻撃こうげきさせようとした。そうですね?」

「はい、そうです! 名前は御手洗舐蔵、生まれは瑞穂みずほの国エウロペ方面、身分はトイレの妖精、本日は唐揚げ串2本で3割引きです」

 これには裁判長も頭を抱えた。御手洗被告は発見時には『人間をパーにする薬』なる物を所持していたが、その実は複数種類のトイレ用洗剤を持っていたに過ぎない。

 しかし洗剤を首相に飲ませようとしていた事、外国と通謀つうぼうしていたと証言した事は事実であり、これを裁かなくては何を裁くための裁判官かと言う話になる。

 その一方で責任能力せきにんのうりょくが無い様に見せかけようと振舞っている可能性も疑ったが、どうやら御手洗被告は発見時からこの調子だったらしく、鑑定かんていの結果も演技やうそではないと出ている。

 ならば御手洗被告は何かの組織の末端に相当する実行犯なのでは無いかと言う可能性もあったが、精査した結果、御手洗被告の背後には何の組織も不自然な程に存在が感じられなかった。

「トレイの妖精などと、ふざけた偽証をするのはやめなさい。行き過ぎた発言は法廷侮辱罪ほうていぶじょくざいに問われますよ」

 裁判長はそう言って、小型の木槌ガベルを軽く鳴らした。しかしこれに対し、御手洗被告は耳と顔を真っ赤にしてプルプルと怒りを帯びた微動びどうを見せた。

「嘘じゃないもん!」

 次の瞬間しゅんかん、御手洗被告の背中から昆虫類を思わせる羽根が生え、そして物理法則を無視した様な動作で真上に吹っ飛び、天井を透ける形ですっ飛んで行った。

 天上を透ける形で飛んで行ってしまった御手洗被告を見た一同は唖然とし、しばらく口が利けなくなってしまった。

「本当にトイレの妖精だったのか……?」

 なるほど、トイレの妖精なら複数の洗剤を持ち歩いていたのもおかしくはない。そして何かトイレの妖精の怒りを買う様な人物が居て、それがたまたま国の首相だったのだろう。外国と通謀して攻め入ると言う発言も、国に対する嫌がらせをするなら重い罪の実質を行なうのが適切てきせつと判断しての事だろう。

 しかしそんな事よりも大きな問題が目の前にあった。

 この事を、ただの集団幻覚だったと片付けるのは簡単だ。しかし、妖精が洗剤を飲ませたり毒ガスを発生させようとしたと言う事例を報告しない訳にもいかない。そもそも妖精を人間の方で裁けるのか、妖精は人間でも動物でもないから見つけ次第殺害してもいいのか、妖精による害を防ぐために報告書を作るべきではないのか? そして何より、妖精が裁判所から逃げ出したと大真面目に報告したら、自分達はどうなるのか?

 裁判長を始め、一同はすっかり頭を抱えてしまった。

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