第五百五十六夜『消費税の悪魔-invisible hand of……-』

2023/01/15「雷」「裏取引」「先例のない流れ」ジャンルは「偏愛モノ」


 ここは地獄じごくの三丁目、悪魔あくま達が相談をしていた。

「それでは効率よく人間のたましいを集めるための定例会を始めます」

 定例会に出席した悪魔達は、エビデンスによるとどうの、資料によるとこうだの、あっとおどろくような奇策は無いのか、画期的な妙手は無いものか……やんややんやとアレコレ言い合った。

 しかしその中に一人、貫禄の有る悪魔が意見を述べた。

「奇策だの妙手だの、そう言う物に頼るなとは言わないが、基本をないがしろにするでない! ここは盤石ばんじゃくに、人の世の政治や治安を悪化させ、人心に犯罪への忌避感きひかんうすらさせようではないか」

 これには周囲の悪魔も雷に打たれたように感心し、この意見に賛成の意を示した。

「しかし基本に忠実なのは賛成出来るが、具体的にはどうする?」

 これに対し、貫禄の有る悪魔は自信満々に映像資料を持ち出した。

「これを見ろ、今現在市井しせいの人間が最も関心を示しているのは『税』だ!」

 貫禄の有る悪魔が示した映像資料は、人間が税に関して怒ったり暴動ぼうどうを起こしたり戯画ぎがを描いたり報道官が熱く語るシーンの数々。これを見た悪魔達は、なるほど税が人間にとって大切な物だと理解が出来た。

「なるほど、税が人間にとって大切な物ならば、それを無くしてしまえば良いのか!」

「馬鹿者! 税を無くしてどうする? 逆だ、逆! 税を重くすれば食うに困り、暴動が発生し、悪行が横行し、悪酔いをする安酒が流行するし、結果として罪人の魂で地獄はうるおうだろう!」


 ある日、衝撃的しょうげきてきな事実を人の世をおそった。なんと、消費税しょうひぜいが100%になっていたのだ。

 これには民は驚き、腰を抜かし、目を回してしまったし、政治家も消費税とはそもそも経済摩擦けいざいまさつを起こして貿易を是正したり、或いはバブル期経済において有効な物と理解出来ていなかったものの、さすがに消費税が100%ともなれば経済が滞ると瞬時しゅんじに悟り、顔を青くした。

 しかし、ここで問題が生じた。なんと、消費税の税率を100%から変える事が憲法けんぽうで禁止されているではないか!

 そもそも憲法とは、国をしばる法律である。国王や政治家に好き勝手をさせないための法律なのである。憲法が人権を保障していながら、人を殺しても憲法ではなく刑法で捕まるのはこれが理由と言っても良い。

 政治家なり首相ならば、憲法を無視して税率を変えろ! と言う文句が通るならば、政治家ならば白昼堂々殺人をしても許されるのに等しくなってしまう。

「仕方が無い。我が国でも、他国の様なアレを通す他無いか」

 さすがに消費税100%等と言う、謎の異常事態は見逃せない。政治家達は迅速にある法案を議題ぎだいとし、全会一致で通った。


 その日から、国の消費税は100%になった。

 この日から、国の標準税率は0%となった。

 即ち、パンやお茶や衣類に税金はかからず、酒やチョコレートは値段が倍になると言う事になる。

 始めはこの事に反発した人も居たが、税収が上った結果、企業が支援を受ける機会きかいは増えた。企業が支援を受けた結果、うちではたらけば酒などの贅沢品ぜいたくひんれると給料をアピールする企業が増えた。

 結果として、高給取りは収支共に増え、庶民は庶民で収支が大して変わらなかった。何せ贅沢品だけ買って生きる人間はそうそう居ないし、世の中は何かと帳尻が合う様に出来ているのだ。

 それ以上に変化が生じたのは医療いりょうと福祉だった。何せいきなり税収を100%にしたのだ、暴動や亡命で国がほろびてもおかしくはない。ならば税収が増えた分こちらに寄越せと、そう声を大にする組織そしきが有り、政治家も票を集めるのに必死な訳で、結果として医療と福祉の組織には税収を渡す声明を報道させた。

 その結果、医療負担が下がった。贅沢品をたくさん購入こうにゅうする人が代わりに代金を払い、人々はタダ同然で医者に診てもらえる形になる。

「消費税が100%になった時はどうなるかと思ったが、結果として治安や生活は良くなった気がする」

「ああ、誰がこれをやったか未だに分からないらしいが、不思議ふしぎな事も有るものだ」

「これはきっと、いわゆる神の見えざる手って奴にちがいない!」


 一方地獄では、悪魔達が悔しがっていた。自分たちのわざで人間達が幸福になるやら、一向に地獄へ来る人間の魂が増えないやら、自分たちの仕業がよりにもよって神の物と勘違かんちがいされるやら、正にこの世の物とは思えぬ鬼のような形相であった。

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