第四百四十六夜『小さな赤い家-Eden-』

2023/01/03「海」「DS」「最弱の目的」ジャンルは「指定なし」


 俺達は一つの家をシェアしてらしている、そして俺達は外の世界を見た事が無い。

 俺達は住まいと食糧しょくりょうを保証されていて、そんな事情もあって、外の世界を知らなくてもなんとも思った事は無かった。

(本当にこのままで良いのか?)

 ある日の事、俺はこのまま一生シェアハウスの中で自堕落じだらくに生きていく事を疑問に思った。

(あら、ようやく目が覚めたのね。そろそろ古巣から飛び立つ時かしら?)

 どこからともなく、そんな声が聞こえた気がした。そうだ、俺はこの小さな赤い家から旅立たなければならない。

 しかし、俺は外の世界で暮らす術を知らないし、そもそも外の世界へ出る事自体不可能に思えた。

(それなら一生その家で過ごしていたら? 代わりに、あなたのの内の誰かが外に出る事になるでしょうね)

 また声が聞こえた。この声は俺の内側から聞こえる様で、いわゆる本能とかゲノムと言った存在が俺に話して来ている気がした。

 ノックの音がした。

「どうした?」

 何事かと思うと、となりの部屋の奴が俺の元を訪ねて来た。何の様だろうか? 居住も食べ物も足りているの生活では、何か入用だからと他者を訪ねる事は無いし、そもそもアイツが俺を訪ねて来る理由は俺のお粗末な脳味噌のうみそでは思いつかなかった。

「ああ、僕はこの家から出て行く事にしたんだ」

 ソイツは俺の前で、そう言った。そうか、コイツも俺と同じで内なる声を聞いたのだろう。コイツはコイツで外の世界が気になって、出て行く決意をしたのだろう。

 しかし俺の中に一つ疑問が生じた。俺とコイツは別に親しくない、ならばだまって出て行ってもいい筈だ。

 そう疑問を覚えた瞬間しゅんかん、その疑問は解消された。

「だから……僕のために死んでくれ!」

 間一髪かんいっぱつ、ソイツは俺の首を攻撃こうげきして来て、俺はすんでの所で身をよじらせて回避かいひする事が出来た。

(うわっ、お前何をするんだ!?)

 そう思ったが口にする間も無く、俺は身を捩らせる形でソイツの背後を取り、のしかかって取り押さえて首にみついた。

「くあっ……」

 そいつはそう短く叫び声を挙げると、そのまま動かなくなった。断末魔だんまつまの叫びと言う奴か。

「はぁ……はぁ……」

 どうかしている。コイツはどうかしていたし、俺もどうかしている。そして何よりも、このシェアハウスに暮らしているのは俺とコイツだけではない! ひょっとしたら、今この瞬間しゅんかんも同居者が俺をおそってくるかも知れないし、そもそも自衛じえいのためとは言え、俺はコイツを殺してしまったのだ。他の同居者も自衛のために俺を殺意を向けて来るかも知れない。

いやだ……俺は殺されない……俺は生きて外の世界を生きるんだ……」


 * * *


 結論から言うと、俺は簡単かんたんに生き残る事が出来た。俺は同居者達を背後から各個殺害していったが、俺はアイツの様なドジは踏む事は無く、確実に首を捉えて即死させる事が出来た。皮肉にも、外の世界を一番見たかったであろうアイツが俺を仕留め損なった事で、俺に外の世界を見せる事になったと言えよう。

 同居者を殺し尽くした俺は、好物のリンゴを一口大頬張ほおばった。

「マズイ……」

 好物の筈だったリンゴだが、何故か今の俺の口には合わなかった。口の中には同居者達の血の味が広がっていて、リンゴを食べてもリンゴの味が分からない。

「………………」

 俺はソイツの傷口に口を当てて、血をすすった。リンゴとちがって、マズくなかった。

 俺は気が済むまでソイツの血を啜ると、外の世界に出るべく身辺整理しんぺんせいりを始めた。身辺整理には相当な時間がかかったが、正直俺としては一瞬で終わった筈の同居者殺しの方が体感の時間はずっと長かった。

「よし、これで全て整った。アイツらの分も外の世界を楽しんでやろう、それがきっと、アイツらにも報いる事になる。」


 寒い地方の民家の庭、暖かい陽光が降り注ぐ時節の事だった。

 庭にった、小さな穴の空いた小さなリンゴの中から一匹のチョウチョがび立った。

 誰もその事には気付かなかったし、誰もその事を気にしなかった。

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