第五百四十一夜『船が来る!-Invasion,Enterprise,Of the,Nemesis-』

2023/12/28「湖」「洗濯機」「希薄なヒロイン」ジャンルは「童話」


 川のほとりで、少女が洗濯せんたくをしていた。

 少女は洗濯がきらいだった。水を吸った洗濯物は重いし、洗濯は手が辛いしさむい。

「うちにも洗濯機が有ればなあ……」

 選択をしながら、そうポツリと独り言をらすと、それは起こった。

「ございますよ!」

 背後から声がして反射的に振り返ると、そこにはえりを正した格好の男がおり、そのわきには洗濯機があった。

「え? こ、こんにちは! すごい! 本物の洗濯機だ! えっと、あなたはどなたですか?」

 少女は脳の整理せいりをするひまも無く、思った言葉を全て口にしてしまった。しかし襟を正した格好の男は全く動じない。

「落ち着いて下さい。我々はあなた達に、ちょっとした交換条件でこの洗濯機をプレゼントしに参りました」

「交換条件ですか……?」

 そう言うと襟を正した格好の男はわざとらしい咳払いを一つしてから、こう言った。

「我々の船に引っ越しをして頂きたいのです」

 そう言うと襟を正した格好の男の上空に巨大な空飛ぶ円盤えんばんが現れて、まるで周囲は夜中の様に暗くなった。日中に急に太陽が消えてしまい、これを見た少女はひどく恐れると同時に見た事無い巨大な空飛ぶ船に酷く興奮こうふんした。

「あの空飛ぶ船に引っ越しを……?」

「ええ、しかしこの星からはなれろと言っているのではありません。あなたがたは船に住み、自由にこの地に降り、好きに暮らしてください。我々としては、地球上に半分遊んでいる土地を一掃したい……簡単かんたんに言うと、船に引っ越してもらったあとに畑や工場を建てたいのです。」

 そう言うと襟を正した格好の男はふところから大きな図の入ったパンフレットを取り出し、少女に対してあれやこれやを丁寧懇意ていねいこんいに教え、また、少女の疑問や質問にも滞りなく答えた。

 少女は引っ越しを促す襟を正した男に始めは不安を覚えたが、彼のプレゼンと提示する情報じょうほうに次第に魅了みりょうされていった。何せ彼の言う事には、裕福な友達の家しかお目にかかった事の無いテレビや、となりの市まで行かないと存在しない百貨店、隣の県にあると風のうわさで聞いたハンバーガーショップまであると言うのだ! そして住民は住所を船に移したまま元の生活を送る事も出来るし、望むなら船の従業員としてそれらの商店ではたらく事も可能だと言う。

「素敵! でもごめんなさい、私一人で引っ越すかどうかの判断は出来ないです。うちでお母さんやお父さんに聞かないと……」

「そうですか」

 襟を正した格好の男は不満がりもせず、乗って来たであろう空飛ぶ船に戻って行った。勿論、洗濯機も空飛ぶ船の中に回収するのも忘れない。

 その様子を、少女は残念そうに見ていた。


 少女が洗濯を終えて、村に帰ると様子が何かおかしい。普段より村の人が少なく感じられたし、その残っている村の人々も騒がしくしている。

「恥知らず共め! 俺達は何としてでも村を守るぞ!」

 そんな怒号が聞こえて来て、何だか穏やかとは言いがたい。

「あの、何があったんですか? 他の人達はどうしたんですか?」

 少女は控えめに尋ねたが、思い当たる節があった。そしてその返答は、彼女の予想通りの物だった。

「それがな、この村を丸ごと欲しがっている奴が来て村をくれたらドデカい集合住宅をくれてやるって言って来たんだ。冗談じゃない! 分かるか? あいつらは俺達のふるさとを売れと言ったんだ! 信じられるか? 村の若い衆は皆懐柔かいじゅうされてしまったし、年寄り共も孫と新しい家でくららせるとよろこんで行っちまった! だが俺達が一人でも残っている限り、この村は村のままだ。奴らの好きにはさせん!」

 少女には村に残った人々の話が頭に入っていなかった。彼女の脳内には、村の消えた人々が空飛ぶ船の中で悠々暮らしたり、空飛ぶ船の中の施設を利用したりしょくにし、何より冷たい川で洗濯をせずに洗濯機を使い、テレビを観たりハンバーガーを食べる姿が広がっていた。

「今度連中がご自慢の空飛ぶ船で交渉に来たら、もう一度ガツンと拒否してやる! あんたもそう思うよな?」

「え? ええ! 早く空飛ぶ船がまた来ないかしらね? 今から待ちきれない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る