第五百四十夜『宇宙のリンゴ-at sea-』

2023/12/27「雨」「リンゴ」「無敵のトイレ」ジャンルは「SF」


 調査員が仕事を終えて、宇宙船に乗り込んでいた。

 宇宙船に乗った調査員と言ってもいわゆる宇宙人ではない、彼の出身は地球だ。

 彼等は、星と言う星の植物のレポートと組織そしきのサンプルを冷凍保存して地球に持ち帰る事を任務としていた。していたのだが、そもそも植物が育つ様な星は滅多めったに無い。そんな訳で、彼らの仕事の大半は簡素かんそなレポートをしたためるに留まっていた。


「今回も鳴かず飛ばずか……」

 そう言って乗組員の一人がリンゴにみついた。

 リンゴと言っても、地球から持って来た食料や嗜好品しこうひんではない。これは、宇宙船の中に生えたに生った果実だ。

 これこそ彼らの任務、彼らのレポートの土台であり起点。品種改良の結果、宇宙空間でも問題無く生育する『宇宙リンゴ』の樹だ。

 宇宙空間に適応てきおうした宇宙リンゴだが、人工の植物工場や宇宙船内の農耕のうこうスペースでも充分に果実をつけ、地球と同じように重力屈折も問題無くクリアーした。正に、画期的と言うべき植物だと言える。

 彼等の任務は、この宇宙リンゴの種を播けるか否かの調査と言っても過言ではない。植物の生育する星を調査し、そしてその生態系せいたいけいや現地の植物の性質を調べる事が彼等の使命だ。

「しかし、よくそのリンゴ食えますね。僕はなんだか、ばっちぃ気がして食えませんよ」

 リンゴに噛みついている乗組員とは別の乗組員が、嫌悪感けんおかんを隠そうともせずに口にした。

 彼の言う事もまた、もっともだった。何せこの宇宙リンゴの最大の栄養源えいようげんは動物の糞尿ふんにょう、宇宙船の中で生育すると言う目的で品種改良がなされた結果、この様なプロセスとなった。

「馬鹿言え、動物も植物も一つの生態系の中の構築要素こうちくようその一つに過ぎん。お前が地球で食ってた家畜だって虫を食って育つし、堆肥たいひで育つ植物だった食っている。このリンゴだって同じだ」

 そう言ってリンゴに噛みついている乗組員は、リンゴに嫌悪感を見せる乗組員に歯型の付いたリンゴをこれ見よがしに見せた。

「いや、理屈は分かるんですよ? でもね、僕はこう直接的にウンコで育った植物からなる作物だってこの目で見ていると食欲が湧かないんですよ」

 そう言って本気で嫌がる乗組員に対して、リンゴに噛みついている乗組員は渋々納得した素振りを見せ、矛を納めた。


 宇宙船の中で流行り病が起きた。未知のウイルスか菌類きんるいか、乗組員達は腎機能等じんきのうなどが低下して排尿がうまく出来なくなってしまい、結果として衰弱してしまった。

 こうなると困るのは宇宙リンゴの樹だ。植物にだって心はあるし、危機感ききかんもある。乗組員達がトイレに行かず、そこからつながった樹の根元へ糞尿が送られないと分かると、必死に葉を縮こまらせて乾燥をけようとした。しかしそんな物は焼け石に水でしかない。

 宇宙リンゴの樹は、自分が置かれた極小の植物工場の大気が変わった事を感じ取った。この場所には人工太陽こそまだあるが、空間から動物が消え去ってしまった事を感じ取り、光合成をこれまで通りには行えなくなってしまっていた。

 そして宇宙リンゴの樹の懸念けねんは的中していた。乗組員は全員未知の病気が進行し、衰弱して死んでしまっていた。

(このままでは私は死んでしまう!)

 宇宙リンゴの樹は、水分も栄養も最低限有れば生存できる作りをしている。しかし今や、その最低限の水分や栄養も怪しいのだ!


 その時、ミシリと宇宙船がきしむ音がした。まるで、地面に打たれたくさびがひっこ抜かれた様な音だった。無論宇宙空間には音が無いので、音がしたのは宇宙船の中と言う事になる。

 宇宙船はまるで操縦席の機械がこわれたか、滅茶苦茶めちゃくちゃに操作されたか、何かしらの力が加わって様に酔っぱらった様な動きをし始めた。

 宇宙船はふらふらと制御を失った動きをしたかと思うと、近くにある真っ青の星へと向かって行った。

 宇宙船は吸い寄せられるように真っ青の星の重力圏じゅうりょくけんまで推進し、そのまま真っ青な星の重力に従って落ちて行った。

 宇宙船は水の中に沈み、それっきり何もなかった。

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