第五百三十五夜『1人用のタイムマシン-Chronostasis-』

2023/12/21「夕日」「氷山」「最悪の山田くん(レア)」ジャンルは「ギャグコメ」


「それじゃ、後はよろしく」

 他に誰も居ない研究室。誰に聞かせる訳でも無く、山田博士はそう言ってある装置に入った。

 山田博士が研究しているのは、まるでサイエンスフィクションの様な未来や夢の科学技術。今彼が自ら入っていったのは、人間を人工的に疑似的な冬眠状態に誘導ゆうどうする装置で、大雑把に言うとコールドスリープ装置と言える。

 山田博士は自ら冬眠状態になり、そしてその後未来で目を覚ます予定なのだが、この様な行為に及んだ動機どうきは勿論ある。

 ネガティブな表現を敢えて用いるならば、山田博士は世の中がいやになったのだ。彼が研究するのは未来の科学技術とも表現すべき内容だが、それは彼自身が現代の不可能を一歩一歩前進する手段と言えた。

 しかし理想と夢と明日にえる山田博士の元に、問題が降り注いだ。研究ともなれば手柄や功績こうせきうばい合いに発展するし、予算問題もあり、更には現代ならば文屋や民衆が文面誹謗ひぼうや中傷行為をする事だってある。

 そこで、思いついた一つの手段がタイムマシンだ。無論むろんタイムマシンなんて現代の理論上出来っこないし、そもそも現代に未来人が居ないのだから根本的に不可能だ。故に、山田博士はこの冬眠装置を作り上げたのである。

 山田博士は動物実験どうぶつじっけん完璧かんぺきにこなし、自分で作った冬眠装置に絶対の自信を持っていた。冬眠装置から目覚めたハツカネズミには何の健康被害も無く、どこか様子がおかしい事も無かったからだ。

 こうして絶対の自信の元に冬眠装置に入った山田博士は、自分の作った冬眠装置が誤作動を起こす事は絶対にありえないと自負しており、万が一緊急事態きんきゅうじたいが起こっても冬眠装置は自分を起こしてくれると信頼し、そしてちょっとやそっとの衝撃しょうげきでは冬眠装置が壊れないと確信していた。故に、彼は冬眠装置に入る際には希望に満ちあふれ、微粒子びりゅうし一つ程の不安や恐怖も無かった。

「それじゃ、おやすみ」

 彼は冬眠装置に収まり、ゆるやかに安穏とした眠りに落ちて行った。


 山田博士が冬眠装置に入ってからしばらく後の事、彼の研究所が地震じしん見舞みみまわれた。

 山田博士の収まった冬眠装置は、電気が切れると中の空気が無くなってたちまち死んでしまった! そんなお粗末な事は勿論無く、電線が切れても向こう100年は安全に稼働かどうし続ける設計だ。そうでなければ、山田博士は安全を確信する訳が無い。

 山田博士の収まった冬眠装置は、地震による火災で絶好の調理器具になってしまい、たちまち死んでしまった! そんなお粗末な事も勿論無く、別に火災にはならなかったし、仮に周囲が火の海になったとしても、危機的状態ききてきじょうきょうになれば緊急脱出機能きんきゅうだっしゅつきのうが発動する。そうでなければ、山田博士は安全を確信する訳が無い。

 山田博士の収まった冬眠装置は、地震でガレキの山に埋まり、こわれて動かなくなってしまった! そんなお粗末な事も勿論無く、別に地震でガレキは降って来なかったし、仮にガレキが降って来たとしても、彼の作った冬眠装置はその程度の衝撃では絶対に壊れない。そうでなければ、山田博士は安全を確信する訳が無い。

 実際に起こった事は、そうではない。余りにも冬眠装置が頑丈過ぎたせいで、それは起こった。

 この大地震で地盤じばんは崩れ、大規模水害が発生し、この一帯の地上にあるアレやコレやは全て流されていった。家も、学校も、市役所も、逃げ遅れた人達も全て水に飲まれた。

 しかし、山田博士の収まった冬眠装置はその程度では壊れない。水害にっても何の問題も無く稼働かどうし、水に流されても山田博士は呑気に冬眠をしていた。


 ある時、南極に棺の様な物が流れて来た。

 南極に住むペンギン達は、この奇妙な漂流物ひょうりゅうぶつが何なのかペンギンなりの尺度で考えたが、結局答えは出なかった。何しろペンギンは考える事が不得手な動物なのだから、仕方が無い。

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