第五百三十四夜『証拠はそこへ消えた-case closed-』

2023/12/20「人間」「トマト」「ゆがんだ剣」ジャンルは「SF」


 あるところに絶対に凶器を現場に残さない犯罪者が居た。

 最初のきっかけは弾みだった。彼はある時カッとして、レンガの様に硬いパンで口論をしている相手の頭部を殴り付け、その後でパンを平らげた。

 彼は容疑者として捜査そうさされたが、証拠不十分しょうこふじゅうぶんで不起訴となった。何せ凶器が現場から見つからなかったのだ、疑わしきは罰せずである。

 幸か不幸か、この事は彼の脳裏のうりには成功体験として刻まれてしまった。捜査官は十分な証拠が無ければ裁く事が出来ないのだと、彼は犯罪を手段として用いる事を学習してしまった。

 ある時は凍ったトマトを砲丸投げの要領で投げつけて、危険運転の末に自分の車を傷つけて来た相手の頭蓋骨ずがいこつを陥没させてやった。

 ある時は岩の様に硬いチーズを振り下ろし、自分にみついて来た飼い犬に対して悪びれもせずに非を認めないバカ親の前頭部を砕いてやった。

 ある時は氷柱つららの様になったジュース製のアイスキャンディーを逆手に握り、自分に対して空き巣をはたらいた上にすっとぼけたやから心臓しんぞうを一突きにしてやった。

 どれもこれも私怨の線から容疑者として捜査されたが、何せ凶器は彼の腹の中。まさか食材を持って被害者ひがいしゃ近隣きんりんに現れてもしょっ引く事は出来ないし、悪運のなせる業か、犯行の瞬間しゅんかん目撃もくげきしてる人も監視カメラも存在しなかった。


  * * *


「とまあ、そんな話があるそうだ」

「ふーん」

 二人の男が自動車の中で、雑談ざつだんをしていた。

 話の主導権しゅどうけんを握っている方の男は自動車を運転しながら話し、話を聞いている方の男はそれほど真剣に話を聞いていない様子だった。

「今の話、一つ気になる所があるんだが」

「気になる所、どこがだ?」

 自動車を運転している方の男は運転をしながら、相手の顔の方を見ずに受け答えた。

「凶器や証拠を食べて残さないんだよな? でも、トラブった相手の死体は見つかって事件になっている。それで合ってんだよな?」

「ああ」

 話を聞いていた方の男は眉間にしわを寄せて、考え事をしながら持論を展開する。

「じゃあパンとかチーズだけじゃなく、トラブった相手の死体も食べちまえばいいんじゃないのか?」

 それを聞いて、自動車を運転している方の男は呆れるやらおどろくやら。肩で呆れを表現しつつ、溜息をいた。

「お前なあ……お前は人間の死体を食べたいのか?」

「いや、全然。けどさあ、うまく料理して分からない程なら食べてみたいかも?」

 話を聞いていた方の男は自身無さげに、あやふやに答えた。それに対し、自動車を運転している方の男はニヤリと口角を上げた。

「そうか、それはいい。ところで今日の運搬うんぱんの仕事……、とにかく運搬の仕事が終わったら食事を振舞ってもらえるらしいぞ」

 自動車を運転している方の男の言葉を聞き、まるで背中に雪のかたまりでも入った様にビクッと身をふるわせ、嫌悪感けんおかんを表した。

「いや、いい、俺は遠慮えんりょしておく! 何か変な病気になっちまったら困る!」

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