第五百二十九夜『僕とご主人の約束-Twilight Alone-』

2023/12/15「黄昏」「犬」「残り五秒のツンデレ」ジャンルは「ホラー」


 私の目の前でプチが死んだ。車にねられて死んだ。

 プチは日課の散歩の途中、急に車道に飛び出して車に撥ねられて動かなくなってしまった。

 私はプチがどうして急に車道に飛び出したか分からないし、私はリードを握っていたので、プチが死んだのは私のせいだ。

 その後の事はよく覚えていない。車の運転手が降りて来て何か言っていたのは覚えているけれど、話の内容は全然記憶になく、まるでサイレント映画を観ている様な感覚だ。

 私は急いで動かなくなったプチを抱えて獣医さんの元へ行ったが、そこでプチは即死だった事を知った事以外は本当に記憶が無い。きっと、その事を詳しく覚えていたら心が負担に耐えきる事が出来ないと考え、記憶の詳細が思い出せないのだろう。

 プチは一人暮らしの私にとっては唯一の家族と言ってもいい存在で、それから私の生活は灰色になってしまった。


 プチが死んでから、毎日食欲が湧かない。しかしそれでは体に支障が出るので無理矢理食べているけれど、食べると食べただけ吐いてしまう。結果、私は食べ物らしい食べ物を摂取せっしゅしない様になった。

 今は丁度陽が沈む頃。プチは日が沈み切ると、よく遠吠えをしていた。

 犬と言うのはよく分からないもので、一匹が遠吠えをし始めるとあちこちで応じる様に遠吠えをし始める。よく分からないが、犬には犬なりの付き合いがあり、犬は群を形成する生物なので付き合いを断り辛いのだろう。そう言う意味では、人間も犬も似たようなものか。


 プチが死んでから一週間は過ぎたが、私の状態は元に戻らない。私は相変わらず、ゼリー飲料で栄養えいようを取っている。

 正直に言うと未だに食欲は湧かないが、それでもこのゼリー飲料で行なう栄養補給は今の私にあっているらしく、私は残りが少なくなったゼリー飲料を補充すべく住まいのマンションの一室を出た。

 時刻は陽が沈む頃、プチが死んだ時と同じ明るさだ。

 私の住むマンションと最寄りのドラッグストアの間には(飼い犬の散歩道なのだから当たり前なのだが)プチが死んだ車道があり、私はどうしても憂鬱ゆううつになる。しかし買い物先を変える事も、引っ越す事も私の中では不義理ふぎりの様な何かに感じられてしまっていた。

 その時だった、私の耳にプチの吠え声の様な物が聞こえた。

 私は幻聴げんちょうか似たような犬の声だと思ったが、脳でそう判断するよりも先に反射的に顔を吠え声のした方に向けた。

 するとその先には、車道の向こう側には犬が居た。いつものリードと、いつもの犬用ハーネスとを身に着けた散歩中のプチが向こう側の歩道に居た。

「プチ? プチ!」

 私は訳も分からず、向こう側の歩道へ行くべく駆け出した。


 ある歩道に花が供えてあった。どうしてかは訳が分からないが、この歩道には常に花が供えてある。

 ある人は、近くに昔の合戦場があり、誰も供養をしていなかった埋め合わせだと言う。またある人は、ここが車道になる前には森や山を崩して街を作り、土地の神をないがしろにした補填ほてんでこうなっていると説明した。更にある人は単に、視界の悪い車道は危険だからミラーを設置しろと主張している。また別のある人は、この年になるとこの世よりもあの世に知り合いが多くて、この世の事はよく分からないとコメントしていた。

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