第五百二十八夜『こちら側のどこからでもどうやっても切れます-magic cut-』

2023/12/14「部屋」「オアシス」「壊れた才能」ジャンルは「学園モノ」


 午前のコマが終わり、待ちに待った昼食の時間がやって来た。

 俺はもっぱら、昼食はコンビニ飯であったり弁当屋で買った物を食べる。今日の昼食は、最寄りの弁当屋のだ。

「いただきます!」

 俺は馬の見方や麻雀の打ち方が分からず、酒の味が分からず、それから色恋沙汰も特には無い。つまりは、食事こそが人生の最大の楽しみと言う訳だ。

 俺は早速タラのフライに醤油しょうゆをかけようと、マジックカットが施されたパッケージを指でつまんで力を込めた。

 すると醤油のパッケージは妙な形に変形し、しかし醤油はパッケージの中から出て来る事も無いと言う最悪の事態じたいになってしまった。

「畜生! 台無しになっちまった! お前は何だっていつもそうなんだ!」

 俺は正直に言うと、マジックカットが苦手だ。いや、苦手などでない、大きらいだ。いやいやいや、大嫌いと言う言葉では表現し切れる気は到底しない程度に嫌悪し憎悪している。例え数千匹のスカンクの轢死体れきしたい下痢げりを患ったカバのくその中に放り込み、幾百いくひゃく幾千の銃弾を機銃きじゅうち込み、それを七の七十倍回り返したとしても、それでも到底十分だと思えない程に憎んでいる。

「そもそもマジックカットってのは何だ! 何が『こちら側のどこからでも切れます』だ! 嘘八百うそはっぴゃく並べやがって! 俺の事をバカにしているのか、このクソ梱包はよおおおおぉぉぉぉ! 本当に魔法マジックを名乗るなら、こんなメタクソの状態になっていても、スルッとスパッと簡単かんたん綺麗きれいに内容物を取り出せるべきだろうがよおおおおぉぉぉぉっ!」

 仕方が無いので、俺は醤油無しでのり弁を食べた。好物の筈のタラのフライだが、なんだか鈍色の様とでも言うべき無味乾燥な味がした。


「こうなったら俺の手で、本当に片側から絶対に切れるパッケージを作ってやる!」

 俺は味のしないのり弁を食べ終え、この悶々とした気分に決着を付けるべく決心をした。こうなった俺は強いし、頑固で周囲が見えない。授業が終わり次第、本当に片側から絶対に切れるパッケージを作るべく研究をする事にした。

 俺は自分で自分の要望のために、すっかり頭に血が上った状態になっているが、今の俺には少々の打算や希望もあった。人類じんるいの歩みや発明とは、往々にこの様な不満ふまんや不自由を解決かいけつするためになされるのだ。

 そして、俺が在学中に偉大いだいな発明をしたとなれば、先生方の覚えも良くなるだろう。これをレポートにまとめて発表すれば誰もがニコニコ笑顔で『ゆう』をくれるだろうし、企業の推薦すいせんだって安泰だろう。

 俺は怒りと希望と感情と理性と未来に満ちあふれた心持ちで、ぐだぐだに伸びてどうしようもなくなった醤油のパッケージをゴミ箱へと放り投げた。


「ついに完成した! これが、これこそが『こちら側のどうやっても切れるマジックカット』だ!」

 俺は大学の一室を借り、夜寝る間も惜しみ、授業中に仮眠を取って研究と開発を繰り返し、そして遂に研究は実を結んだ。

「さて、理論上はこれで完璧かんぺきに片側からどうやっても簡単に裂ける筈……」

 今、俺の目の前にはテスト用の水道水が含まれた『こちら側からどうやっても切れるマジックカット』の施されたパッケージが研究机の上に置いてある。

「ああ、ワクワクする。今日と言う日は偉大な日になるだろう」

 俺は『こちら側からどうやっても切れるマジックカット』をそっと手でつまみ、いとも簡単に指で裂いた。中から水が出て、俺の実験が正しかったことが証明された。

「やった! 遂にやった……俺は成し遂げたんだ!」

 俺はこの素晴らしい発明をまずどこに発表するべきか頭を悩ませた。企業に売り込むべきか? それともまずは大学に研究が実を結んだ旨をレポートと一緒に提出すべきか? まさか自分専用にし、誰にも発表しないなんてバカなマネは死んでもしないだろう!

 俺はすっかり上機嫌じょうきげんになり、鼻歌はなうたを奏でながら自分の薔薇みらい色の未来を夢想した。

「おっと」

 鼻歌混じりに浮足立った結果、机上に置いてあった予備の『こちら側からどうやっても切れるマジックカット』が入った段ボール箱に肘をぶつけてしまった。

「おっとっと、俺の大切な発明品が……」

 俺は地面に落ちた段ボール箱の中を見て絶句した。段ボールを軽く小突き、さほど高くない研究机から落とした『こちら側からどうやっても切れるマジックカット』を施したパッケージだが、そのちょっとした衝撃しょうげきで全てが全て、真っ二つに裂けて梱包を果たせなくなっていた。

「これは、この有り様では誰にも発表出来ないな……」

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