第五百二十四夜『奇蹟は起きえじ-children of advent-』

2023/12/10「東」「歌い手」「最悪の時の流れ」ジャンルは「ギャグコメ」


 壁面へきめんつるった、どことなく幻想的な雰囲気をたたえる、昔の映画かアニメで見る様なおまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

「すっかり世間は師走ねえ……」

 そう黄昏れた様子で口にするのは、かざり気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿をした、すみを垂らした様な黒髪が印象的な店主。

「まあ、うちは師走でも全く関係ありませんがねー」

 店主の言葉に返答をするのは、どことなくナイフの様な印象の詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年。商品の詰まった段ボール箱を運び、たなに並べている。

 従業員の青年が棚に並べている商品だが、段ボール箱に入っていたクリスマスツリーの絵の描かれた種の入ったふくろ、人型ロボットの模型を封じたスノードーム、ジンジャークッキーの描かれた粉入りの箱……そして、赤と白にられた大きな箱そのもの等。

「アイネさん、この箱はこの位置でいいんですね?」

 青年は段ボール箱の中身を棚に並べ終えると、赤と白に塗られた箱を棚のすぐわきに置いた。一見すると、大の大人が一人入れそうな大きさである事を除けば普通のクリスマスカラーの化粧箱か。

「ああ、その箱ね。それは……まあいっか、欲しい人に売ってあげていいわよ」

 従業員の青年は、店主の女性の言葉に首を傾げた。彼女の言葉は、まるで箱は商品ではなく彼女の私物で、もう要らなくなったから売りに出す様に彼の耳に聞こえた。

「いいんですか? この箱はアイネさんの物で、売り物じゃないって事ですよね?」

 従業員の青年の質問に対し、店主の女性は何かを回想する様な遠い目をして答えた。

「その箱はね、失敗作なの。だから私には要らないし、欲しい人の元に行けばそれでいいと思うわ」

 店主の女性が語る様子は静かでで、自暴自棄じぼうじきと言うよりはお気に入りだったオモチャを売りに出す様な哀愁あいしゅうを帯びた物だった。

「……失敗作でもですか?」

「ええ、その箱が所有者の希望になるなら、それでかまわないわ」

 従業員の青年は足元にある腰あたりまでありそうな赤と白の化粧箱をまじまじと見た。どう見ても、大きさ以外は一般的なクリスマス仕様の化粧箱以外の何ものでもない。

「失敗作、失敗作……俺には、手品で使う人が入る箱……それもクリスマスカラーだから中にサンタクロースが潜んでいる箱にしか見えないです。これは一体何が失敗なんですか?」

 従業員の青年の言葉に、店主の女性はニヤリと口角を上げた。我が意を得たりと言う安寧あんねいか、もしくはシンパシーによる快感と言ったところか。

「カナエは本当にかしこいわね! その箱は、そうね……サンタクロースの栽培キットとでも言えばいいかしら?」

「サンタクロースの栽培キット?」

 従業員の青年は突然トンチキな言葉が耳に入り、思わず聞き返してしまった。

「ええ、サンタクロースの栽培キット。いわゆる聖人を、人為的に作る箱ね」

「聖人を人為的に作る……」

 従業員の青年は、箱の中ではSF映画で見かける様な培養ポッドの中でサンタクロースが製造せいぞうされているのを想像そうぞうした。彼の中では、この箱はひど冒涜的ぼうとくてきで本末転倒な物の様に感じられた。

「この箱の中で、どうやってサンタクロースが作られているんですか?」

 従業員の青年はぞっとしない様なぞっとした様な様子で店主の女性に尋ねた。

「それなんだけどね、その箱は周囲の、転じて世界中の絶望を感じ取って起動するの」

 従業員の青年の質問に対し、店主の女性はつまらなく簡単な事を説明する様な様子で語り始めた。

「絶望ですか?」

「ええ、絶望。その箱はサンタクロースを作る物だけど、つまりはサンタクロースが必要だと発注を受けたらサンタクロースを作るの。でもね、サンタクロースって実際のところ世界中に居るじゃない?」

 店主の女性の言葉に対し、従業員の青年は少々引っ掛かる物を覚え、疑問を抱いた。

「えっと、世界中に居るんですか? サンタクロースって」

「あら、知らないの? サンタクロースは本当に世界中に居るのよ。世の中には本物のサンタは居ないって言う人も居るけど、サンタクロースって言うのはサンタクロースになろうと思ったら、最初のサンタクロースがそうである様に本当のサンタクロースなの」

 店主の女性はそう語りながら、手元のリモコンをいじってかべにかけられたテレビの電源でんげんを点けた。するとテレビはユールトムスやセントニコラウスやジェドマロースと言った存在を解説する内容が流れ、背景では中東やヨーロッパにける今日こんにちまでのクリスマスや冬至祭の遷移せんいを抽象的な映像と、クリスマスの聖歌とが流れていた。

妖精ようせいの振りをして、貧困にあえぐ人にプレゼントをした僧侶が最初のサンタクロースって事ですか。つまりアイネさんは、妖精の振りをしてプレゼントをすれば誰でもサンタクロースって言いたいのですか」

「ええ、その通り」

 映像をすっかり見終え、店主の女性は従業員の青年の感想に対してクスクスと笑いながら肯定した。

「それで、その箱が失敗作って言うのはどう言う理屈なんですか? よもや素材になる妖精が居ないみたいな話ではないですよね?」

 話題が箱の事になると、店主の女性は再び憂鬱ゆううつな色を帯びた。一言で言うと、今、この世の中の情勢じょうせいが気に入らないとでも言った様子か。

「ええ、その箱はサンタクロースを作る必要なんてない! って、そう判断をして、ずーっと一度も稼働かどうした事が無いの! 世の中には、サンタクロースが多すぎるのね」

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