第五百十三夜『とても丈夫な調理器-cook 4 me-』

2023/11/27「光」「ケータイ」「最高の関係」ジャンルは「SF」


「チャペック蕎麦そばへようこそ。こちらの席へどうぞ」

 客がそば屋に入ると、ロボットが無機質むきしつながらもどこかで聞いた事がある様な愛らしい声で話しかけて来た。

 客は特におどろいた素振りを見せず、ロボットの指示通り席へと座る。

 何を隠そう、この店は全ての工程をロボットが行なう、全自動そば屋なのだ。

 ロボット案内人が客を案内し、ロボット注文取りが注文を聞き、ロボット調理人が料理を行ない、ロボット配膳人はいぜんにんが料理を運び、ロボットレジ打ちが料金を取る。それに加えてロボット清掃員がスピーディーに清掃や消毒を行い、ロボット警備員けいびいんも常在しており、衛生管理えいせいかんりも防犯も完璧かんぺきだ。

 これだけでも充分驚嘆に値するかも知れない。しかし、この店の凄い所はそれだけではない。

 テーブルにはメニューが備え付けられているが、それとは別にロボット案内人は赤外線を照射しており、ロボット案内人の前で携帯端末けいたいたんまつをシャカシャカと振れば、それでチャペック蕎麦のメニューが携帯端末に一時的に読み込まれる。これでご家族でメニューを取り合わずとも、一人一人がメニューを見て注文を出来ると言う寸法だ。更にはロボット案内人には予約客の情報も記録されており、これによりスマートな案内が可能になっている訳だ。

 ロボット調理人の方も負けていない。ロボット調理人の持つ精密せいみつなロボットアームにかかれば、そばを茹でる、そばを湯切りする、そばを冷たい水で絞める……この一連の作業を一人で行なう事に何の支障も無い! このロボット料理人はなんと、一時間にそばを180食も作るすら可能なのだ。

 ロボット配膳人も方も素晴らしい。ロボット配膳人はキャタピラからなる特殊な脚部きゃくぶを持っており、このキャタピラは水を踏もうがオイルを踏もうが問題無く目的地に向かうし、仮にバナナを踏んだとしても備え付けられた清掃機能せいそうきのうでゴミ箱に取り込んでしまうだろう。

ロボット清掃員は人の手を介さずに防菌のボディで掃除や消毒を行い、ロボットレジ打ちは人よりも素早く正確に仕事をこなす。

 そして何より、この手際てぎわの良いロボット達の手によって回転率も良く、チャペック蕎麦の羽振りは良かった。

 しかし、羽振りの良い店があると知れたら出て来るのが犯罪者である。さらにしかし、チャペック蕎麦にはロボット警備員が居る! ロボット警備員は食い逃げや強盗を感知したら、素早く犯人の写真、声紋、体格、虹彩等の情報を警察に送り、更にはロボットなので犯人の要求にも文字通り鉄の意志で応えはしない。もしもチャペック蕎麦が犯罪のの手におそわれたならば、正にSF作品に登場するロボット警察官の様な大活躍をするだろう。


 そんなこんなでチャペック蕎麦は大繁盛だいはんじょうだったのだが、ここで一つ問題が浮上した。ロボットの耐久である。

 評判が評判を呼び、チャペック蕎麦は千客万来。そしてロボット店員達が要領良く客をくので増々ロボット調理人の負担は増える。それに比べて、ロボット警備員は仕事が無くて常に佇んでいる。いや、警備員はきかみを効かすのが仕事なのだが、あまりにも対照的。

 やがてロボット調理人は限界が来て、そのアームがイカレてしまった。そばを茹でる釜に疲労しきったロボットアームがボチャンと水没し、店内はちょっとした阿鼻叫喚あびきょうかんとなった。

こうなると店は、経営はロボット調理人をどうするか考えなければならない。

 ロボットアームをもっと丈夫にすべきだが、しかしそれで繊細せんさいな動きや俊敏しゅんびんさが失われては意味が無い。ロボット調理人を複数台置けば良いかも知れないが、狭い厨房に複数ふくすうのロボット調理人を置くスペースは存在しない。ならばロボットアームだけを天井から生やして工場の様な様相にすべきかも知れないが、そもそもメンテナンスが容易な仕組みにしなければならず、その様な大々的な仕組みは歓迎しがたい。

 チャペック蕎麦に所属する人間達は、この問題に非常に頭を悩ませた。


 それから一カ月後、チャペック蕎麦は失った調理人の代理を迎え入れてリニューアルオープンする運びとなった。

 既存のロボット調理人よりも丈夫で、ロボット調理人よりも多機能たきのうで、ロボット調理人よりも操作が簡単で、ロボット調理人よりも小さく、ロボット調理人よりもメンテナンスが楽で、ロボット調理人よりも仮に壊れた際にも補充が楽!

これにより、チャペック蕎麦は新しい調理器を操作する人間こそ必要になったが、抱えている問題を解決したのである!


 道を二人の男子学生が歩いていた。時は夕方、さながら部活帰りと言った所で、食べ盛りの腹ペコに見える。

「何とかそば屋あったじゃん? あそこ行ってみないか?」

「ああ、あのそば屋ね。前はロボットが厨房ではたらいているのが見えていて、雰囲気が好きだったんだけどねー」

 話題を振られた方の男子学生は、残念至極と言った口調で返す。明らかに乗り気でないし、うんざりした様子が見て取れた。

「は? 今はちがうの?」

 話題を振った方の男子学生は驚きを隠さず、しかし少々落胆と好奇心とが混ざりあった様な声色で言った。

「ああ、今は人間の従業員がズラーッと並んだ業務用電子レンジを操作しているだけなんだからな!」

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