第五百十一夜『すっごく強い自己防衛手段-At your own risk-』

2023/11/24「夕日」「犬」「危険な剣」ジャンルは「アクション」


 時刻は夕方、視界が赤くなるがまだ暗くはない頃合い。前方からをしつつ、横になって歩く学生の一団が歩いて来た。

 実を言うと、私は歩きスマホや横一列になって歩く無法者が大好きだ。そういった無法者の事が大好きなので、私はふところからコーヒーで満たされたペットボトルを取り出して、その口を開けた。

 私は口の空いたコーヒーのびんを顔の高さで手に持ちつつ、何食わぬ顔で歩道のすみで立ち尽くした。無論むろん、交通の妨げにならない様にすぐ背後に外の通行人が居ない事を確認した上での行動だ。

 すると、ながらスマホをしつつ横一列で歩く無法者集団は私の存在にすんでのところで気が付き、立ち止まって横に道を開けた。

「さーせん……」

 一団は自分に非があると認めつつ、『ちょっと悪い事をしたな……』と言う表情で私に対して口を利いた。素晴らしい! 私はまさにこの瞬間しゅんかんのために生きている!

 個人的な欲を言うと、あのままながらスマホをしたまま私に激突げきとつし、その拍子に私はコーヒーのボトルを傾けながら握りつぶしてしまい、その結果相手のスマホにコーヒー(糖分とうぶんあり)をぶちまけてしまう事が好ましかったが、相手が申し訳なさそうにする様を眺める事が出来ただけで上出来だ。これで私は幸福感に満たされた!

 今現在この国では、歩きながら機器ききを操作しながら何かしらの接触事故が生じてデータが消えてしまった場合、瑕疵かしはながら操作をしていた歩行者にあると法律で決まっている。つまり先程の場合、私は法律で守られており、法的に言って且つ無罪なのだ! いわば、

 これがをしつつ歩いていて、相手に損害を与えた場合はまた別件となり、ながらスマホで接触された側は無罪どころか損害賠償そんがいばいしょうを請求する事が出来る。

 そんな大げさな……と言う人も居るかも知れないが、これがバカにならない。例えばあなたが愛犬に首輪とリードをつけて散歩しており、ながらスマホの無法者があなたと愛犬の間に突っこんで来た。結果、あなたの愛犬は首絞め状態になり、それが原因で死んでしまうかも知れない。損害賠償とは、自己責任とはそう言ったものなのだ。

 見れば車道を挟んだ向こうの歩道では、寿司折りを持った人間が立ち止まっており、その真ん前には首を下に曲げた歩きスマホが居た。歩きスマホは間一髪かんいっぱつで立ち止まり、寿司折りを持った人物に道をゆずった。

 あの寿司折りを持った人物、仕草からの判断なのだが、あれは恐らく私の同類だ。

 ここの角にある『うさぎ寿司』と言う店、あの寿司屋には特徴とくちょうが二つ有り、今時珍しく未だに寿司折りで弁当を売っている事、そしてあの寿司屋はいわゆる激辛げきからメニューの店なのだ。

 あの寿司折りを持った御仁ごじんは寿司折りを相手側の顔の高さにかまえており(そもそも寿司折りを構えると言う動作がおかしい)、即ちあの寿司折りの中身はワサビ菜をワサビペーストで和えた特製とくせいワサビ握りだろう。全く、危うく飲食物を台無しにしかけたとは、ながらスマホの愚連隊ぐれんたいにはほとほと困ったものである。

 ふと前方に視線をやると、更に上手が居た。なんとポストアポカリプスに登場する様な肩パッドに鋭利な刺付きびょうほどこし、手には口の開いた出前箱をげ、出前箱からはあつあつと湯気を立てるラーメン丼が顔をのぞかせている人物が居るではないか!

 今にもヒャッハー! と言いだしそうな彼は歩きスマホをしている集団に対して不退転の姿勢しせいで直進し、これにおどろいた歩きスマホ共は恐慌状態きょうこうじょうたいに陥って道を開けた。素晴らしい、彼らはをしつつも自己責任と言うものを実践じっせんしている!

 しかし次の瞬間、想像もしていなかった事が起きた。道を開けた集団の更に奥、そこにはスマホに顔を向けながら歩いている緑色の全身鎧ぜんしんよろいの人物が居た。

「痛っ、やいお前、気を付けろ!」

 刺付き肩パッドの彼は、丁度相手の顔の高さに構えていた出前箱から盛大に緑の鎧の人物の顔にあつあつのラーメンをぶちまけた。しかしそこはながらスマホ、自己防衛じこぼうえいに対する究極のアンサーである全身鎧の人物は全く動じていなかった。

「やいやいやい、俺のラーメンがダメになってしまったじゃねえか? 弁償べんしょうをしろ、弁償を!」

 私の前方では、刺付き肩パッドの人物が全身鎧の人物に詰め寄ると言う非現実が繰り広げられていた。これには周囲のながらスマホの連中も、興味津々きょうみしんしんで目を剥いてカメラを回している。

 しかし鎧の人物は悪びれるでも無し、言葉も無し、最早人間らしい所作も無く、左手でスマホを握ったまま、右手で背負っていた斧を抜いて刺付き肩パッドの人物の首を一閃。刺付き肩パッドの人物の人物は頭部と頸部けいぶから下を別けられ、首から血を吹いてその場に倒れた。

「グリーンナイトだ……」

 私の背後からそうひそひそ声が聞こえた。

「知ってる。お天道様の親友で、お天道様が目撃もくげきした悪い奴の首を断って殺しに来る、呪われた魔女まじょの騎士……」

「でもそれっておとぎ話だろ?」

「それでも今目の前に居るんだから、そんなの関係無いだろ!」

 しかし私にはそんな声を詳しく聞いたり、振り向く余裕も無かった。件の緑色の全身鎧はフルフェイスの兜越しに、こちらを見据えている気がしたからだ。

 時間が凍った様に私は緑の鎧を見ていると、緑の鎧は斧を右手に持ったまま歩きスマホを再開した。

「ヒッ!」

 私達は情けない声を挙げ、一目散に逃げだした。歩きスマホは自己責任だ、歩きスマホは自己責任だし危険行為は相応の応報や危険がつきまとう。もう二度と路上でのながらスマホや、ながらスマホをからかう様な危険行為はするまい。

 私はそう肝に銘じ、太陽が沈みかけている歩道を必死になって逃げ惑った。

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