第五百十夜『迫力満点のZ級映画-sharking-』

2023/11/23「北」「屍」「穏やかな山田君(レア)」ジャンルは「アクション」


 北極探検隊が消息を絶った。消息を絶ったと言っても、原因不明で突如神隠かみかくしにあったと言う訳ではない。現実はそんな出来の悪い怪談の様ではなく、音声と映像が通信の形で残っていた。

「助けてくれ! バケモノだ!」

おそわれて殺される!」

「バカ! あれはじゃなくて、ヒトガタだ!」

「どっちだっていい! 俺達はに殺されて死ぬんだよ!」

 事実は出来の悪い怪談の様ではないが、。北極調査基地の中では(正確にはヒトガタと呼ばれる未確認生物)が次々とパニック状態じょうたいのサメに飛びつき、みつき、殺して回っていた。

 しかしがサメを殺すのは何故だかカメラの死角であったり、微妙びみょうに角度が悪くての背中しか映らず、そしてその後に鮮血が床に溜まり、サメが倒れ死に絶えている様が映像として伝わっていた。何せパニック映画のクリーチャーとはその様な物なのだから、何もおかしくはない。

「南無三! こうなったらその部屋に施錠せじょうして籠城ろうじょうする! さすがのもあの分厚い鉄扉は破れない!」

 携帯端末けいたいたんまつを持ったままから逃げるサメは、通信相手や相棒あいぼうのサメに説明する様に考えを走りながら叫んだ。

「あい分かった! 内側から一緒にとびらを引くぞ!」

 二人のサメは部屋に逃げ込み、鉄製てつせいのスライドドアを猛スピードで閉めて施錠した。直後、外からの呻き声と、金属を殴打する音がひびき、スライドドアを通じて衝撃しょうげきが伝わった。しかし、それだけだ。扉は穴が空くような事も無く、捻じ切られたり破られる事も無く、外のの関心はスライドドアからはなれた様だ。

「とりあえずは助かったな」

 空手の方のサメが安堵あんどして腰を下ろす。

「いいや、まだ油断はするな。籠城せざるを得ない状況に追い込まれている事には変わりが無いし、北極まで救助が来るなんて希望的観測きぼうてきかんそくめた方が良い。俺達はあのを何とかする手段を考える必要が有る……」

 携帯端末を持った方のサメは、険しい顔を崩さない。緊張の糸は切れず、彼は未だに常在戦場のままだ。

 その時だった。部屋が揺れ、床が隆起し、何事かとサメ達が床を見た瞬間しゅんかんが床を引き千切る様に飛び出し、空手の方のサメの喉元に噛みついた! 何せパニック映画のクリーチャー相手にセーフゾーンに引き籠るのは悪手なのだから、何かしらの手段で侵入されるのは当然と言えた。

「――――――――――――――ッ!!」

 空手の方のサメは叫び声を挙げようとしたが、喉を食い破られたせいか叫び声を挙げる事すら出来なかった。彼はに噛みつかれて一切の抵抗が出来ず、出来るのは悲壮な表情を浮かべるだけだ。

「山田!? このっ……俺の親友に何をしやがる野郎っ!」

 携帯端末を持った方のサメは激怒げきどし、部屋に備え付けてあった緊急時用きんきゅうじようの斧を両手で握り、の背骨目掛けて振り下ろした。その際に世界が揺れて、彼が両手で斧を握った事でカメラの役割をしている携帯端末が首からかけられる形になった事が理解出来た。

「キ、キキャアアアアアアアアア!」

 おぞましい猿叫えんきょうを挙げ、獲物えものからその咬合をはなして元来た穴へと飛び込んだ。

「大丈夫か?」

 携帯端末を首から提げたサメは相棒に声をかけたが、彼はもう息も絶え絶えになっていて、最早命脈みょうみゃくが尽きかけている事を悟った。

「クソ! クソ共め、必ず殺し尽くしてやる!」

 携帯端末を首から提げたサメはの血でれた斧を手に、最早セーフゾーンでなくなった部屋のカギをき、重たいスライドドアをゆっくりと開き、そしての狩場となってしまった北極基地中枢へと向かった。


 その頃、北極基地の外は地獄じごくに変状していた。地には無数のが居り、本来であれば清廉せいれんでまっさらに真っ白の氷上をサメの鮮血で赤く染めていた。は本来地上に居るのだから、地上に逃げ場所等存在しない。

 空にも無数のが舞っており、遮蔽物しゃへいぶつの無い場所に居たサメはって喰われた。本来は空を飛ばないが、パニック映画のクリーチャーは空を飛んでしかるべしなのだから仕方が無い。

 地中にもひそんでおり、遮蔽物に隠れていても地上に居るサメは取って喰われてしまった。パニック映画のクリーチャーは地面から突如出て来るものなのだ、こうなるのも道理である。

 ならばと意を決して極寒の海に飛び込んだサメも居たが、水中にもは潜んでいた。の持つ遊泳能力は全動物の中では突出して高い物ではないが、パニック映画のクリーチャーはまるで瞬間移動するかの様な速度で移動するのだ、サメが水中でに追いつかれて食い殺されるのは何もおかしくはない。


 映画館で観客かんきゃくがクリーチャーパニック系のホラー映画を観ていた。クローズドサークルと化した北極基地を舞台に、無数のが次々とサメを喰い殺すと言う荒唐無稽こうとうむけいな内容だ。

 これを観ている観客らは、叫び声を挙げるやら、怖がるやら、笑うやら、それでいて肩の力を抜いて観る事の出来る娯楽映画をポップコーン片手に楽しんでいた。モニターの中でクリーチャーが大暴れする様は、ひどく恐ろしいと同時に何とも言えず楽しいのだから。

(でもは穴を掘ったり泳いだりはするけど、身一つで空を飛ぶのはおかしいよなあ……)

 観客の一人はそう考えつつ、でポップコーンをつまみながら映画を観てガハハと小さく笑った。

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