第五百九夜『不便な植物-The Day of the Nepenthaceae-』

 2023/11/22「花」「メリーゴーランド」「業務用の小学校」ジャンルは「ラブコメ」


 部屋で趣味しゅみのコンピューターをしていると、耳元すぐに不快な羽音が聞こえて来た。

「ええい、鬱陶うっとうしい! 死ねい!」

 俺は殺意を隠そうともせず、手のひらと手のひらをもうスピードで合わせたが、どうやら羽虫には逃げられてしまった。

 俺の部屋は何故だか蚊やハエが出る。清潔せいけつにしているつもりではあるのだが、何故だか羽虫が止まないのだ。一度燻煙殺虫剤くんえんさちゅうざいで部屋を一掃した事があるが、それでも数日するとまた羽虫がどこからともかくやって来る。

「クソクソクソクソッ、殺してやる!」

 俺はムキになって羽虫を追跡ついせきし、手のひらで圧殺しようとするが、これがうまくいかない。結果、俺はその場でクルクル回っては手のひらを叩き合わせるだけ、クソ鬱陶しい事この上ない侵入者を殺す事は全然叶わない。

 そんな不毛な挌闘かくとうを繰り広げていると、羽虫は命の危機ききを感じ取ったのか羽音は部屋のどこでも聞こえなくなった。

「やれやれ……」

 俺がコンピューターに再度目を落とすと、動画投稿サイトはアニメの再放送を流していた。俺が子供の時からやってるアニメで、密漁みつりょう強請ゆすりや政治献金せいじけんきんを行なう悪の組織そしきが、毎週毎週主人公の小学生男子とその仲間にしてやられると言うよくあるアニメだ。

ちがう! 俺じゃなくてアッチだ、アッチ!』

 モニターの中では悪の組織のドジで憎めない幹部が、自分で飼っているウツボカズラやハエトリグサの怪獣かいじゅうに甘えられたり甘噛あまがみされている。しかし食虫植物の怪獣に甘噛みされた程度でどうにかなっていたら、憎めない敵方てきがたなんてものは務まらない。何せ、彼らは毎週毎週主人公の相棒たるネズミの怪獣に電撃でんげきを浴びせられて爆発ばくはつして黒焦げになる事で番組のオチを告げているのだから。

「そうか、コレだ!」

 俺の脳内にはこの状況を打破する鮮明せんめいなビジョンが浮かび上がり、俺はこれを天啓てんけいの様にすら思った。

 そうと決まれば善は急げ、俺は早速目的の店へと向かう事にした。


 俺が辿りいたのは、大きなガーデニングセンター。観葉植物かんようしょくぶつは勿論、種や苗や農作物のうさくもつや農薬、培養土ばいようどや専用土に植物に関する書籍しょせきに至るまで何でもござれだ。

「すみません、ウツボカズラって売ってますか?」

 俺は嬉々として、ウェーブのかかった緑の黒髪くろかみの女性店員にそう声をかけた。何せ、俺はこのガーデニングセンターに食虫植物が売っている事を知っていたから。

 俺のこのアイデアが浮かんだのは、言うまでも無くくだんのアニメを観てのものだ。ハエトリグサではなくウツボカズラを要求した理由に関しては、ハエトリグサは一度を閉じたらその最中は捕虫が出来ない気がしたから。

「ええ、ございますよ。どの様なウツボカズラをお求めですか?」

 そう言うと店員さんは、手元から携帯端末けいたいたんまつを取り出し、見せの在庫や商品情報を表わす表を俺に対して見せてくれた。

「ええと、匂いが強くて虫をよく捕まえる奴が欲しいです。それから、丈夫で枯れにくいと嬉しいです」

「それならば、このツボウツボカズラなんてどうでしょう?」

 店員さんは器用に端末を操作し、俺に対してウツボカズラの写真と値札と在庫数を見せてくれた。はっきり言って、俺はウツボカズラに関してふんわりとした知識ちしきしか持ち合わせていないので、ウツボカズラの良し悪しなんて分からない。

「分かりました、ではそれを一株頂きます」

「はい、承りました」

 店員さんはそう笑顔で言うと、端末を更に操作して俺に対して見せた。

「ではウツボカズラにてきした鉢に、培養土、栄養剤、それから植物育成ライトに……ウツボカズラの様な植物を育てるのでしたら、この自動水やり器もあると便利ですよ!」

 店員さんは八面六臂はちめんろっぴの如く端末を操作し始め、俺に対してアレやコレやと関連商品の説明を立て板に水し始め、端末の中の買い物かごは山盛りの大幅予算オーバーとなってしまった。

「待って、待ってください! 俺はただウツボカズラに家で蚊やハエを食べてもらえれば、それで良いんです!」

 こんな訳の分からぬ電気で動くジョウロや、ドデカい照明やら、そこらの土と何が違うのかとんと分からぬ土に水なんて買わされたらたまらない。俺は、植物をたった一株買う予定で来ているのだ!

「何を言っているんですか!」

 俺の制止に対して店員さんはピシャリとした口調で、俺を叱った。

「ウツボカズラは高温多湿の地域の植物なんですよ! 普通の土や水だと乾いて死んでしまいます! そもそも食虫植物と言うのは、土だけでは充分栄養がれないから虫を食べているんです! 土も水も光も普通の植物以上にあげないと、枯れたり逆に虫に食い破られてしまいます!」

「えっ? 虫に食い破られる……?」

 俺は自分で自分の耳を疑い、思わず聞き返した。何せウツボカズラが虫に食い破られると言ったのだ、まるでネコがネズミに食い殺されるかの様ではないか。

「ええ、そうです。ウツボカズラの消化液は一種の果汁の様な物で、水が不足すると十分に消化液を作れなくて捕らえた虫を消化できません。それから土に栄養剤を打つのもほどほどに、土が栄養豊富だと今度は虫を捕らえる機能きのうが一世代の内に退化してしまって、ウツボカズラはウツボを形成しないで葉っぱが小さくなってしまって虫を捕まえる事が出来なくなります。それからウツボカズラは女の子と男の子で株が異なっていて、長らくウツボカズラと付き合いたい場合は……」

 俺の口にした疑問を聞き、店員さんは増々ねつが入って語り始めてしまった。俺は気軽に食虫植物を飼おうと思っただけなのに、食虫植物がこんなに大変な物とは全く思わなかった。

 俺の脳内には、件のウツボカズラとハエトリグサになつかれている憎めない悪役の姿がフラッシュバックした。

(全く、こんな努力を絶え間なくしているのならば、食虫植物の方も懐くと言う訳だ)

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