第五百二夜『箱の中身は……-Jack in the BOX-』

2023/11/15「天国」「扉」「正義の目的」ジャンルは「ホラー」


「頼む、この箱をちょっと預かっておいてくれ!」


 突然家を訪れた大学時代の友人にそう言われて、私が手渡されたのは何の変哲も無い箱だった。

 箱は普通の段ボール箱と言ったところで、大きさはスイカを入れる程のサイズ。ダクトテープで封がしてあり、中身が出ない様に梱包こんぽうされている印象だ。持ってみるとサイズの割には軽く、中身にプラスチック製品せいひんでも収まっているかの様な重さで、それでいて中身の体積はしっかりしていて箱の中身はスカスカではない様に感じられた。

 そしてここからが肝要なのだが、その大学時代の友人は何時いつまで預かって欲しいと明言していなかった。それ位ならば、具体的に何時いつまで預けたいか見当がつかない事もあるだろう。しかしアレからきっかり二十四時間経ったが、それでも友人はうちを訪れず、しかも連絡先にかけてみたが、電話番号は使われていないと音声案内で言われてしまった。

 友人の住所だった筈のアパートを訪ねてみたが、そうしたら彼は長らくこの部屋に帰って来ていないらしい。私は彼と全く連絡が取れなくなってしまったと言う事になる。

 仕方がないので、俺はダクトテープで封がしてある箱を保管する事になった。中身が気にならない訳では無いが、ダクトテープで封がしてある様子は厳重げんじゅうに封をして開かない様にも見え、私は開けようと言う気が起きなかった。


 ある日、ふとした拍子に箱の中身が気になってしまった。あの箱の中身だが、一体中に何が入っているのだろうか?

 大きさこそそこまで大きくも小さくもなく、家に置くスペースが無いから預けたと言う言い分は通りそうではある。しかし私が彼のアパートを訪ねてみたところ、もぬけの殻となっていた訳で、そしてあの部屋は外までゴミが侵食している様子も無かった。つまりあの部屋は一見したところ、スペースに困っていると言う様には見えないのである。

 スペースに困っているか怪しく、そして連絡が取れずに帰っていない。私の脳裏のうりには嫌なビジョンが視えてしまった。

 箱の中にあるのは、当初の感触通りスイカ程のサイズの何か、即ち防腐処理ぼうふしょりを施した人間の頭部だ。

 きっと彼は痴情ちじょうのもつれか何かで自分の恋人を殺してしまい、それを隠すために頭部を私に預けたのだろう。頭部の無い遺体いたいと言うのは、意外とどこの誰か判別がつかないものだと聞いた気がする。指紋なんてものは土に埋めて虫に食われれば消えるし、そうなると歯型のある頭部こそが鑑定かんていの重きになるだろう。事件の発覚が遅れた頃には、犯人は見事に逃げおおせていると言う寸法だ。

 ならば、私が行なうべきは警察けいさつにこの箱を届ける事こそが正しいのではなかろうか? 仮に友人が悪事をはたらいているのなら、それをただしてやる事こそが人情と言う奴ではないか!

 ……しかしそれは本当だろうか? これが私の妄想でないと言う証拠しょうこは無いし、はっきり言ってこの憶測は状況証拠に起因する物でしかない。

 これで箱を警察に届けて、中身は親族の形見だとかアルバムか何かだったりしたら非常に失礼な気がする。そして何より、私を信頼して預けてくれたであろう友人に対する不義理ふぎりなのではなかろうか? 私は箱の中身が死体か何かだと言う考えをすっかり忘れる様に努めた。

「こういう時は、頭を空っぽにしてテレビで観るに限るな」

 テレビを点けると、丁度アクション映画がやっていた。なるほど、今の私に丁度いい。

 映画の主人公は地を跳ね、かべり、丁度人の頭程の大きさを叩き開け、中から金貨やキノコや花を取り出していた。

 私は反射的に部屋の隅を見た。そこには変わらずに、ダクトテープで封がされた箱が静かに安置されていた。

 もしやあの箱の中は、出自を明かせない様な金品が入っているのではなかろうか? 或いは持っているだけで手が後ろに回る様なキノコや植物が入っているのでは? 私はていよく尻尾きりに使われているのではないか?

(いやいや、頭を空っぽにしろ。今は映画に集中するんだ)

 私がテレビの映画に意識を集中させると、今度は人間の主人公がカメ人間や類人猿達を相手にカーチェイスをしていた。はげしいカーチェイスの末、カメ人間達は車両から弾き飛ばされ、甲羅こうらこもった体勢たいせいで吹き飛んで行った。

 ここで私の脳裏には、また箱の中身のビジョンが浮かんでしまった。あの箱の中身は、御禁制の動物のミイラか剥製はくせいが入っているのではなかろうか? 絶滅危惧種ぜつめつきぐしゅや絶滅した動物の剥製を丁寧ていねいに梱包しており、ほとぼりが冷めた頃に引き取りに来ると言う寸法だ。

「バカバカしい、そんな訳が有るものか」

私はテレビの電源を切り、早々にベッドに入った。

 そんな大層たいそうな品々があの無造作な様子の箱の中に入っているとは到底思えない。しかし、あの箱を開けたら最後、パンドラの箱を開けた人類の様に二度とには戻って来れなくなる……何故だか、そんな予感と悪寒がした。


 友人が家を訪ねて来た。依然来た時も突然だったが、此度こたびも唐突だった。

「どうしたんだ? 電話もメールもソーシャルネットサービスもつながらなくて、心配したんだぞ」

「すまない、今の今まで外国へ行っていたんだ」

 私の問いに対して、友人は悪びれない態度たいどで言った。

「今時、外国だから連絡がつかないなんて事があるのか?」

「ああ、俺の電話オンボロだからな」

 全く答えになってない返答が帰って来た。しかも友人はこれを取りつくろう様子も無く、もっと言うと何か隠し事やうその雰囲気は無かった。

「そう言えば、お前があの時預けて来た箱の中身って何なんだ?」

 私が問い詰める様な声色でたずねると、友人はつまらなさそうな表情を浮かべた。

「ああ、あれな。つまらない物だよ」

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